2013年9月24日火曜日

『Bing』の新ブランドデザイン +「フラットデザイン」は必然。


新しい「Bing」のブランドデザイン
The Bing JP Blog / Bing日本版公式ブログ

「Microsoft」の検索サービス、『Bing』ブランドデザインがリニューアルされました。そのデザインの過程が記された「Bing日本版公式ブログ」の記事が、興味深い内容となっていたので、メモを兼ねてのまとめです。


 ●『Bing』の使命
  • 「検索がもたらす価値とは何か?」「ユーザーが必要としている事柄は何か」を明確にし、その事柄についての洞察を含んだ情報を届ける。
  • ユーザーが必要とすることを、必要とする方法で提供する。
  • 『Bing』は、開発当初から、「検索を通じてユーザーに目的を成し遂げる力を与える」ことを使命と考え、進化を遂げている。
  • 「単に検索する」という考え方をやめて、「行動につながる洞察を発見する」という考えにシフトする。
  • 「知識によって人々に力を与える」ことを使命と考える。
  • 「深い洞察を持つ、価値の高い情報をユーザーに届ける」ことを使命と考えて製品開発を行い、毎日使う製品に検索を組み込むことで、「最高のエクスペリエンスを届ける」

 ●進化したアイデンティティ
  • 製品に「アイデンティティ」を表現し、製品と共に成長するデザインに仕上げるために、製品グラフィックUX(ユーザー・エクスペリエンス)のデザイナーたちと議論を重ねる。
  • 『Bing』が、従来の検索ページという枠を越えて進化していることを考慮し、製品のロードマップと整合性のとれた「ブランドビジョン」を再設計する。

 ●新しいロゴの開発
  • 「今までのロゴの問題点」を分析し、新しい「Microsoft」のアイデンティティも考慮した上で、モーションフォントカラーサイズフォームを何百通りも検討・検証を行う。
  • ワードマークは、「Microsoft」のコーポレート フォント『Segoe』をカスタマイズしたものを使用する。
  • カラーは、従来の『Bing』のロゴにあったオレンジ色のドットを残し、「Microsoft」のコーポレートロゴカラーパレットを取り入れる。
  • 「Microsoft」のデザインは、原則として、グリッド・レイアウトを採用しているため、新しい『Bing』のロゴをグリッドに重ね合わせると、レイアウトに揃い、一貫性のある角度・視線・バランスを保っている

 ●新しい検索ページ
  • 新しいロゴが完成した後、検索ページのデザインと共にUX(ユーザー・エクスペリエンス)の改良も実施。
  • タイポグラフィーは、「Microsoft」のアイデンティティとの一貫性、および、読みやすさと明瞭さの点より、『Segoe』を基本とする。
  • 新しい『Bing』ブランド・アイデンティティでは、10の際立つ色調を中心とした「Microsoft」のコア・カラーパレットを採用する。
  • 『Bing』では、主にオレンジと黄色、パレットの暖色に重点を置く。
  • 最も重要視するカラーは「Orange 124」で、明瞭、自信、温かさを連想させるこの基本パレットを選択する。
  • モーショングラフィック要素も開発し、『Bing』のシンボルを、光とインスピレーションのプリズムとしてデザインした、「サーチライトグラフィック」を考案する。

 ●未来のためのシステム
  • 新しい『Bing』アイデンティティは、使命と製品との親和性を維持しつつ、『Bing』を戦略的、かつ、視覚的に進化させることを可能にするブランド・アーキテクチャのシステムである。
  • 『Bing』は、単にWeb 上で青いリンクをたどってデータを提供するのではなく、「ユーザーの意思決定をサポートする明確な洞察を提供」する。
  • ユーザーが必要としているのは、情報に基づいて行動を起こし、「最終的に目的を成し遂げること」だと考える。
  • 「検索する」から「行動につながる洞察を発見する」にシフトする。
 ※以上、要約。


『Bing』と新しいロゴについて

『Bing』の新しいロゴは、今までの青を基調とした丸みを帯びたデザインから、シンプルかつ現実的で、直接的なデザインに生まれ変わりました。このように、デザインに込められた意図を知る事によって、「Microsoft」への理解も深まります。
ここ10年あまり、「Apple」や「Google」が注目を集めていますが、「Microsoft」『Bing』が、今後どのような戦略や動きをとっていくのか、注目していこうと思いました。

『フラットデザイン』について

『iOS7』をはじめ、「フラットデザイン」が注目されています。ここに来て、「Apple」「Microsoft」「Google」「YAHOO!」各社一斉にロゴUI(ユーザー・インターフェイス)をフラットデザインに切り替えました。その理由として「Apple」のジョナサン・アイヴは、「ユーザーが直感を必要とする操作に慣れたため、細部まで実物に近づけたデザイン(スキューモーフィック)である必要がなくなった」と述べています。

最初に「フラットデザイン」を目にした時には、チープに感じられるかもしれません。しかし、最低限必要な要素を明解に反映させたデザインは、次第に洗練されたものとして映るようになるでしょう。一見、デザインが簡単なものになったように感じるかもしれませんが、広く一般に浸透して使われる日常的なデザインは、交通標識等の例を挙げるまでもなく、特別なものであってはならないと思います。(装飾ではなく、デザインなので)
ここに来て「スキューモーフィック」から「フラット」への転換が図られた。それは一般に広く認知されたという事であり、そういった意味では「フラットデザイン」の採用は、ひとつの到達点と言えるのです。

デザインに限らず、表現はシンプルです。しかし、それはデザイナーだけの常識かも知れません。だから私は、物事をよりシンプルに表現し、伝えるための「フラットデザイン」が今後完全に定着していくのか、定着するのにどれだけの時間を要するのかを注視していきたいと思います。

「Bing」の特設のWebサイト。『Bing - The new Bing』
「Bing」の特設のWebサイト。『Bing - The new Bing』


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2013年9月4日水曜日

『アンドレアス・グルスキー展』:多様性の中で際立つ微妙な違い。それがグルスキーを特別な存在にしている。

『アンドレアス・グルスキー』展のポスターデザイン
国立新美術館で『アンドレアス・グルスキーを観てきました。アンドレアス・グルスキーはドイツの現代写真を代表する写真家で、世界中に多くのファンがいます。最近では、サザビーズでのオークション落札金額(約3億2,300万円)が話題になりました。写真に限らず、絵画や映画というものは、いくら印刷物やネットで作品を見ても、体感を得る事は出来ません。作品とは「情報として掴むのではなく、その作品を通じて体感を得なければならないもの」です。

グルスキーの写真は手前のものやメインのモチーフを際立たせるのではなく、大きなものから極小のものまですべてのものを均等に扱っています。より具体的に言うと、画面のすべてにピントがあっている状態です。写真や映画では「パン・フォーカス」と呼ばれるオーソドックスな手法ですが、実際にグルスキー自らが厳選した65点を観た時、今までに見たことのない独特の新たな視覚世界が広がっていました。

グルスキーの作品を観ると、まず日常において、ヒトの目はすべてを見ているわけではない、ということを強烈に感じます。観たいものだけを観て、聞きたいものだけを聞いているという事です。これは本能のようなものかもしれません。それ故に、すべてにピントが合っていることで逆に不安定な感覚をもたらし、時に不快さを伴うこともあったのでしょう。それでも作品に強く惹き付けられるのは、未だかつて見たことのない視覚世界を体感できるからです。

離れて観たり近づいて観たり、時にはかなり大きな作品でありながら細部までよく見えるため、つい近づきすぎてしまうのですが、そういった不安定さを掻き立てる効果を知っての事か、作品前の一定のラインを超えると音が出るようになっていました。

展覧会のキャッチコピーに「これは写真か?世界が認めたアーティスト、日本初の個展」とありますが、確かにこれは従来の写真の枠を超えたものであると考えます。大半のものは具象でしたが、時に抽象的な表現もあり、かなり加工されているため、純粋に写真としてではなく、絵画的に感じられる表現もある。抽象と具象、遠近の距離感といった相反する要素が混じり合う、斬新な表現であると感じました。勿論、そこには格段に進化した現代の写真加工技術が介在しているのですが、その使い方には独特のセンスがあり、それ故にグルスキーは「現代写真を代表する写真家」と呼ばれているのだと思います。

写真の加工や補正にも現在は豊富なバリエーションがあり、日常でそういった作品や印刷物、製品などに触れる機会も増えています。手近なところで言えば無数にリリースされているiPhoneなどの写真アプリのバリエーションに代表されますが、そのような写真を見慣れた今だからこそ、グルスキーの写真を体験するというのは、有意義な体験となります。一見無秩序にすら思える写真加工技術の大海にあって、確かに他とは違う際立った何か、センスや技術を体感すること。その他大勢とグルスキーの間にある圧倒的に見えて、非常に微妙な差異、それこそがグルスキーであり、その差異が彼を「現代写真を代表する写真家」にしているのです。

アンドレアス・グルスキー展の『カミオカンデ』
撮影可能エリアに展示された『カミオカンデ』。

『アンドレアス・グルスキー展』は、
東京展 : 2013年 7/3 ~ 9/16日(国立新美術館)
大阪展 : 2014年 2/1 ~ 5/11日(国立国際美術館)
で開催されています。

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2013年8月26日月曜日

グラフィックデザイン事務所『DESIGN+SLIM』:Webサイトリニューアルのお知らせ



グラフィックデザイン事務所『DESIGN+SLIM』のWebサイトをリニューアルしました。このサイトは「グラフィックデザイナー 松利江子のデザインポートフォリオ」です。すべてではありませんが、制作物をカテゴリー別に分類し、参照しやすい形で掲載しております。新しいサイトをぜひご訪問くださいませ。



グラフィックデザインの制作実績
グラフィックデザインの制作実績。


ブックデザインの制作実績
ブックデザインの制作実績。


エディトリアルデザインの制作実績
エディトリアルデザインの制作実績。





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2013年8月2日金曜日

『レオ・レオニ 絵本のしごと』:技法の宝庫・手法や素材は主題に依存する。

『レオ・レオニ 絵本のしごと』ポスター
Bunkamura ザ・ミュージアムにて、『レオ・レオニ 絵本のしごと』展を観てきました。会場はそれぞれの絵本のキャラクターとエピソードの特性から、4章に分類され展示されています。印刷された絵本と比較すると原画は発色も良いので、オリジナルはこのような絵だったのかと印象新たにしました。

『レオ・レオニ 絵本のしごと』
 第Ⅰ章 個性を生かして ちょっぴりかわり者のはなし
 第Ⅱ章 自分は自分 みんなとちがうことは すばらしいこと
 第Ⅲ章 自分を見失って よくばりすぎはよくないはなし
 第Ⅳ章 知恵と勇気 小さなかしこいゆう者たちのはなし

グラフィックデザイナーとして第一線で活躍していたレオ・レオニが絵本の制作を始めたのは49歳になってからでした。絵本としては教科書に採用されている『スイミー』が有名ですが、アートディレクターとして有名クライアントの広告や雑誌の制作に携わっています。また、画家、彫刻家としても活動していました。

レオ・レオニの絵本は抜群の構成力と色彩の魅力で、心の動きや感情の機微を読者に伝える事に秀でています。そのような効果を獲得している作風は、前衛的なグラフィックデザインの仕事で培われてきた技法や経験がベースにあります。またページをめくる度に感じる心地よい流れとインパクトは、絵本というメディアならではの魅力と言えるでしょう。

特筆すべきはキャラクターが持つ魅力です。
『フレデリック』など、街中で時々見かける可愛らしいレオ・レオニ作品のキャラクターの中には、1960年代に制作されたものもあります。半世紀ほど経った今でも魅力的で色褪せないキャラクターは、世界的にもそれほど多くはないでしょう。

また、多くの人が共感するであろうストーリーも出色の出来です。
レオ・レオニの人生観が反映されたストーリーや、自己、個性を重んじる普遍的な主題は、誰もが自分と重ね合わせてしまいます。社会的背景として、「ベトナム戦争」や「ベルリンの壁崩壊」などに対するメッセージを扱った作品(『あいうえおのき』『どうするティリー?』)もありますが、世の中や生活が大きく変わっても、ヒトの感情はそれほど大きく変わることはないですからね。

今回、原画を観て強く印象に残ったのは、画材と技法のバリエーションの豊富さです。レオ・レオニは「ストーリーに最も相応しい手法を使おうと努めている」と述べていましたが、油彩、水彩、クレヨン、色鉛筆、鉛筆、パステル、カラーインク、コラージュなど、ストーリーに合わせて最良の選択をする、その引き出しの数が実に豊富なのです。

色鉛筆ひとつをとってみても、細密、線描、クロスハッチングなど、画材の特性を活かして巧みにその技法を使い分けています。伝えたいことをどの技法で表現するのがベストか、常に考え抜いてきた現れともいえるでしょう。そしてそのどれもが、これ以外の選択は考えられないというほどのクオリティで表現されているのです。

今回の展覧会を観て、「キャラクターの魅力」「ストーリーの共感」「絵が持つ力」それらすべてが合わさるのは、奇跡とも言える成功なのではないかと感じました。そのすべてが見事に揃ったからこそ、レオ・レオニの絵本は、世界中で半世紀以上経った今でも、心に深く刻まれ続ける作品となったのでしょう。

『レオ・レオニ 絵本のしごと』図録
同展覧会の図録。アートディレクションは菊地敦己氏。

『レオ・レオニ 絵本のしごと』展は、
 8/4日(日)まで開催されています。

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2013年6月26日水曜日

『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』:束縛と自由。強烈な目的意識と奔放さを併せ持つ事がインパクトを生む。

展覧会『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』
ギンザ・グラフィック・ギャラリーにて、ロンドンのデザインスタジオ「ホワイ・ノット・アソシエイツ」の展覧会『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』を観てきました。スタジオ設立から25年、日本では20年ぶりの展覧会開催です。

「ホワイ・ノット・アソシエイツ」は、「ロイヤル・カレッジ・オブ・アート」の同級生である「アンディ・アルトマン」「デイヴィッド・エリス」「ハワード・グリーンホルグ」が、卒業と同時に立ち上げたスタジオです。どこにも属することなくスタートさせたこのスタジオの作品は、とにかく「自由」であることを強く感じさせます。

「タイポグラフィの旗手」と呼ばれるだけあり、タイポグラフィ作品にはとりわけ定評があります。
展示作品の中には、ひとつの単語内で「ボールド」と「ライトイタリック」を使っているものがありました。私は母国語でないテキストを扱う際に慎重になりますが、このような自由を目の当たりにするとちょっと楽しい気分になります。「正解」や「不正解」を超えたものは、自由を感じさせるからでしょう。

『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』

タイポグラフィ以外の作品や、「テート・モダン」のポスターデザインにも同様のこと感じました。
例えば「フランシス・ベーコン展」のポスターに、かなり丸みを帯びたユニークなフォントを用いたり、「ヘンリー・ムーア展」では彫刻を黒い背景に赤いライトを当てて撮影したりしています。モチーフを考えると一見あり得ないようなデザインでも「ホワイ・ノット・アソシエイツ」ならありにしてしまえるし、このようなアプローチがあるのかと逆に驚きと新鮮さを覚えます。

そういった伝統的なグラフィックデザインとは一線を画した作品群は常に想像を超えるもので、インパクトがあり、深く印象づけるものとなっていました。マフィアの言葉に「目的はすべての法に優先する」という言葉があります。「ホワイ・ノット・アソシエイツ」のデザインもまた目的達成の為に真摯にヴィジョンの形成を求めるあまり、結果として定型を越えてしまう。その目的意識の強烈さがインパクトを獲得しているのかもしれません。優等生ではなく、ギャングのようなやんちゃな個性を存分に発揮しながらも、クライアントに「BBC」「ヴァージン・レコード」「ナイキ」「ポール・スミス」「ポンピドゥー・センター」「英国王立芸術院」など、名立たる企業やブランド、文化施設が名を連ねるのは、そのようなデザインの力(まさにPowerですね)を充分に理解してのことでしょう。

会場では「デヴィッド・ボウイ」や「セックス・ピストルズ」などのブリティッシュ・ロックが流れ、ありきたりの「アイディア」や「手法」に反発しているようにも感じました。どの作品も非常にハイクオリティで、賞賛すると同時に悔しくもあります。デザインという決められた枠組みの中でも、時には自由に振る舞うことの大切さを再認識させてくれる展覧会でした。
「目的はすべての法に優先する」
要は優先順位を誤るな、という事かもしれません。
一見、自由奔放に見えて、やるべき事は誰よりも把握出来ている。
そんなしたたかさ、奔放さはこの展覧会のタイトルや展示手法にも表れています。
そして何よりスタジオ名にも。

『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』ポスター
同展覧会のポスター。

『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』展は、6/29日(土)まで開催されています。

前回観た『ギンザ・クラフィック・ギャラリー』の記事はこちら

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2013年6月21日金曜日

「DTPの勉強会 第10回」のまとめ:『和欧混植』の定義は「和文 = 主」「欧文 = 従」


『DTPの勉強会 第10回』に参加してきました。
今回のテーマは『和欧混植』です。

★メインセッション:和欧混植
スピーカー:木枝 祐介さん(TwitterID:@p_typo
      制作会社勤務。
外国語論文誌や理系書籍等の組版に従事。
○内容
和欧混植に関連する事項を基礎的なところから解説
・和欧混植とは何か
・和文と欧文の構造
・アキと揃え
○キーワード:和欧混植・ベタ組・レタースペーシング・ワードスペーシング・プロトリュージョン・マイクロタイポグラフィ

サブセッション1:Acrobatの意外かもしれない校正方法
スピーカー:朋ちゃん(TwitterID:@tomochan_1974
○内容:
Acrobatのどのバージョンでもやれること、X以降ならではのこと。
校正する時・される時に、よく使っている機能や気をつけている点の紹介

サブセッション2:ちょい足し、Adobe DPS
スピーカー:クロチョコさん(TwitterID:@kurochocon
○内容:
URLスキームやWeb技術を使った、ちょっとだけリッチなFolioの作り方の紹介

「『和欧混植』とは、和文を主とし欧文を従として混植を行うことである。」
というのが、スピーカーである木枝さんの「和欧混植」の定義です。
和文と欧文をそれぞれに美しく読みやすく組むだけでも難問ですが、両方を混在させるのはまた更にハードルが上がります。今回はそんな「和欧混植」についての考え方、捉え方、扱い方、注意点等についての講義でした。

その中で最も印象に残っているのは、「読者にとってそれが幸せであるか」と考えること。「読者の誤読を避ける」ということ。それ以外に、「和欧混植」をする理由はないとお話しされていたことです。これは「和欧混植」に限らず、デザインにも該当する大切なポイントになります。

そして講義の中で、明らかな正解というものはないということも理解できました。「和文」と「欧文」それぞれの組み方に間違いがないというのは前提となりますが、その中で見た目の美しさとバランス、視認性や可読性を追求することが「和欧混植」の重要ポイントであると感じます。

そのテクニックのひとつとして、「濃度を揃える」というものがありました。
「和文」は濃度を揃えず、「欧文」は濃度を揃えるというものです。「仮名」は薄く、「数字」や「アルファベット」が揃っているところは濃くなりますので、濃度のコントロールが非常に重要となってきます。また「和文は点」「欧文は面」と考えると、「仮名」よりも濃いが「漢字」よりも薄いという基準もあります。

「すべては書体のマッチング」で、版面全体での考察だけに留めず、すべてのページ全体での考察は必須だということでした。確認方法としては、じっと見るのではなくボーッと見たり、天地を逆にしたりする等、いつもと違う状態にすることで気づくこと、確認することができます。

たとえ正解がないものであっても、こういったテクニックを知り、より正解に近いデザインを決定していかなくてはなりません。「読者にとってそれが幸せであるか」を前提に、文字の扱いに注意し、その時々の媒体に相応しいデザインする重要性を改めて、確認しました。

『欧文書体 その背景と使い方』『欧文書体2 定番書体と演出法』『欧文組版 組版の基礎とマナー』『文字の組み方 組版/見てわかる新常識』
「和欧混植」を専門に扱った本は現在出版されていないようですが、欧文書体と欧文組版については『欧文書体 その背景と使い方』小林章 著(美術出版社)『欧文書体2 定番書体と演出法』小林章 著(美術出版社)『欧文組版 組版の基礎とマナー』髙岡昌生 著(美術出版社)が良書です。『文字の組み方 組版/見てわかる新常識』大熊肇 著(誠文堂新光社)では、一部「和欧混植」についても触れられています。


前回参加した『DTPの勉強会』の記事はこちら

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2013年6月12日水曜日

『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』:地に足の着いた真っ当なドキュメンタリ。『来なかった未来』の遊び。あるいは21世紀、私たちの欠落。

映画『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』ポスター
チャールズ&レイ・イームズのサクセス・ストーリーかと思いきや、落ち着いた眼差しの、真っ当なドキュメンタリー映画です。
二人の華々しい成功だけではなく、普通人としての苦悩や葛藤についても丁寧に描かれていました。デザイナーとして、経営者として、あまりにもありきたりな問題から始まり、夫婦の間のデリケートな問題に至るまで、メディアを通さずに身近でやりとりを観察しているような感じです。
言うまでもなく、デザインの歴史に巨大なインパクトを遺した世界的なデザイナーも、一般的な人間です。
ただ、第一線で活躍するプロは仕事に打ち込む情熱、完成度を求めるハングリーさが想像を遥かに上回るものです。
寺山修司は「歌うミック・ジャガーを観て、誰かが悪魔だと言った。その時、ミック・ジャガーは悪魔になった。自分から悪魔だとはミック・ジャガーは言わない」というような事を書いています。
デザインの世界だけではなく、すべての職業において、大物スターという名誉職があるわけではなく、その実績を尊敬されてこそ、「大物」になる。そういった当たり前な職業観というか、生活や人生の捉え方が、この映画の基調になっているのです。
だから『神のようなデザイナー、イームズが悪戦苦闘の末に後世に残るような成功を修めたサクセス・ストーリー』というような安っぽさと引き換えに、痛みが伴うかわりに多くのことを学び、考えるきっかけになったのだと思います。
少なくとも私にはそういう映画でした。

現役時代のイームズ夫妻にとって良かったことは、とにかく「前例がなかったこと」です。前例がないということは、リスクだけではなくてイメージを伝える事が困難だったりと、色々と大変ではありますが、1からビルドアップしていく機会、今、自分のやっている事がリアルに歴史を作っているような、エキサイティングで、充実した境遇とも言えます。先日の『カリフォルニア・デザイン』展でも、柔軟性を持って社会と密接に関わる「若々しい自由」をリアルに感じました。イームズ・オフィスは厳しいことで有名でしたが、チャールズとレイはもちろん、映画の中で自信たっぷりに語るスタッフたちを見ていると、いいオフィスだったのでしょう。

映画鑑賞後にアップリンク(渋谷)に飾られた『ウッドシェルチェア』を目にすると、感慨深いものがありました。『ウッドシェルチェア』は当時の技術では実現出来なかった椅子ですが、現在の3D成形技術によって完成させたものがこの度、発売されます。当時、この3D成形技術があれば作っていた可能性は大いにありますが、現在、イームズ夫妻が現役だったら、この椅子が作られることはなかったでしょう。一般の人に思いつかない事をしていたのがイームズ夫妻ですから、もっと違った何かを作っているはずです。この椅子には60年代に多く見られるアトミックなデザイン、21世紀の空飛ぶクルマ、タイムマシーンに代表される『来るはずだった未来』を感じます。私は、魅力的なデザインを持ちながら、実際の21世紀には若干の居心地悪さを感じる佇まいが、嫌いではありません。繰り返される試行錯誤とファンタジー、過去(60年代)と未来(現在)のないまぜとなって現れたカタチは「遊び」であり、そういった「遊び」が失われてしまえば、世界は味気ないものとなってしまうと思うからです。

イームズ夫妻は魅力的な二人のポートレートを数多く公開しています。微笑む二人のポートレートからは、オフィスや家庭の様々な問題など微塵も感じられません。彼らが創作する魅力的なプロダクトと生活はその時代のシンボル、大衆が主人公となった時代の、幸福や豊かさの象徴となりました。
豊かさに向かって邁進する60年代当時の明るさの背景には当然、貧しさがあります。(暮らし向きが良くなる、とか)
現在、私たちは物質的な豊かさの中にあって、別の豊かさを探している時代に生きていると思います。
今の豊かさの中に「ないもの」は、イームズ夫妻の時代に「ないもの」とは違うものです。現在の欠落に眼を向け、デザインで解決する事。私は「イームズ夫妻が現在、第一線で活躍していたらそんな事をしているのではないか」という想像をせずにはいられませんでした。


『カリフォルニア・デザイン』展の記事はこちら

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