2012年11月29日木曜日

『伝えるデザインの力 ポーランドポスター展』:ポスターの力と役割・展覧会と現場にて

伝えるデザインの力 ポーランドポスター展
「ヨコハマ創造都市センター」で開催されている『伝えるデザインの力 ポーランドポスター展』を観てきました。

ポーランドポスター
ポーランドポスターは、ポーランド特有の歴史を背景に独特の洗練を遂げ、世界中のデザイナーに多大な影響を与えています。今回はその作品群を一同に観られる滅多にない展覧会で、海外に出たことのない30点を含む全150点が展示されていました。ユーモラスなもの、インパクトのあるもの、ショッキングなものなど、強く印象に残る作品も多数あります。会場では海外の美術館によくあるようにフラッシュを使わなければ撮影も許可されていました。

ポーランドポスター学校
ポーランドポスターといえば「ポーランドポスター学校」抜きには語れません。ポーランドポスター学校は、“学校” ではなくデザイナー集団の名称で、1955~1965年の10年にわたり活動していました。「ドイツのバウハウス」「スイス派・ニューグラフィックデザイン運動」「ロシア・アヴァンギャルド」と並び立つ、ポーランドのデザイン運動です。

ヤン・レニツァのポスター
ヤン・レニツァのポスター。手前はグラフィックデザイン史には必ずといっていいほど登場するオペラポスターの『ヴォツェック』で、第1回ワルシャワ国際ポスタービエンナーレで金賞を受賞した作品。

ヘンリク・トマシェフスキのポスター
今回の展示の中でも『ポスターが持つ力を』改めて感じたのは、ヘンリク・トマシェフスキの作品です。彼の作品はポーランドポスター学校のメンバーの中でも特異な個性を持つものです。戦後の荒廃した時代にあって、ポーランドのポスターは多くの市民を勇気づけました。とりわけヘンリク・トマシェフスキのような作品はシンプルでありながら温かみが感じられる表現で、多くの市民の暮らしの中に、勇気や希望を提示してみせたのではないかと思います。

併せて開催された、勝井三雄さん・永井一正さん・中川憲造さん・松浦昇さんによるトークショーにも参加しました。その中で、ポーランドポスターの説明、ポーランドと日本のデザイナーとの関わり、ポーランドポスターと現代のポスターの比較、この展覧会を開催するための活動などのお話が議題として上がっています。そして総括として最近の傾向についてもお話しされ「現代ポスターの表現力が弱まっている」、「作家性を持った作家が減ってきている」 、「グローバル化は必要だけど平準化してきている」などといった問題提起をされていました。

この時代と現代の社会情勢や背景はあまりにも違い過ぎるため比較するのは難しいのですが、クライアントの意向やマーケティングデータとデザインが切り離せなくなった今、ポスターの原点とされるポーランドポスターを見直し、ポスターの在り方について考えてみる事は有効だと思います。そこには見過ごされてしまった大切なものや今こそ有効な方向性などを見出す可能性があるように考えられるからです。

ポーランドポスター展のポスター
近隣のレストランなどに貼るための小サイズのポスター。展覧会の図録のカバーとしても使用されており、購入者が3種類の中から好きな絵柄を選べるようになっています。

同展覧会のデザイン・ディレクターである中川憲造さんは、ポスターが似合う街で「この展覧会をどうデザインしていくか」ということを考え、ポスターの役割を見直されたそうです。また、そのポスターも伝えるという機能を超えて楽しさや明るさが伝わるように、使用目的に合わせてNDCグラフィックス勝井三雄さん、永井一正さんが制作されたものなど数種類用意されてありました。デザイン関係の方だけでなく、近隣の方にポスターを見て会場に足を運んでもらえるように、そのための様々な工夫がされているようです。そのようなポスターは展覧会の会場だけでなく、『街の中に貼られてこそステージを得た』と言えるでしょう。会場への行き帰りにそれらポスターに注意を向けてみるのは、鑑賞を越えて使用価値・体験となり、より深い意味を感じ取れる機会となるでしょうね。

クレムフカ(別名:法王のケーキ)
期間中は会場一階のカフェで、ポーランドの伝統的なお菓子(ポンチキとクレムフカ)も販売されていました。写真はクリームをパイ生地にはさんだ「クレムフカ」で、別名「法王のケーキ」と呼ばれているものです。

「ポーランドポスター展」は、12/3日(月)まで。

2012年11月21日水曜日

『横尾忠則 初のブックデザイン展』:横尾忠則の仕事・オーラやイメージと呼ばれるもの

ギンザ・グラフィック・ギャラリー『横尾忠則 初のブックデザイン展』
ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催されている「横尾忠則 初のブックデザイン展」を観てきました。

薄暗い会場入り口は強烈な蛍光ピンクで彩られ、地下スペースはここがギンザ・グラフィック・ギャラリーとは思えないようなアングラなイメージ。デザインを正確に見るにはもう少し明るさが欲しいところですが、この雰囲気は横尾忠則さんにはとても似合っているように感じました。この雰囲気も横尾さんが作り上げてきた作品であり、実績であり、人によってはオーラやイメージと呼ぶものなのでしょう。

「99.999……パーセント、著者の指名によって本の装丁の依頼が来る」横尾さん曰く、ご自身のブックデザインは「作家とデザイナーの『想像力と想像力のぶつかり合い』」。この展覧会もまた、あたかも「アーティスト:横尾忠則」と「デザイナー:横尾忠則」のぶつかり合いのような、激しいエネルギーと対峙する体験でした。

展示されているそれぞれの作品と、それに添えられたコメントは「なぜ、このデザインに至ったのか、その過程でどのようなことが起こったのか」などドキュメンタリータッチと言っても過言でないような、生々しい手触りを感じさせるものばかりです。とりわけ私の印象に残ったのは大きくディスプレイされていた「ブックデザインを時間と空間の芸術と考えている。だからデザインする時は映画の編集や、または彫刻を創るような気持ちで作業する」という言葉ですね。

草森紳一さんの『江戸のデザイン』の装幀では、資料をご自分で集めたり、編集部からもらったりして、内容は読まずにデザインを進めたそうですが、最も多く手がけている瀬戸内寂聴さんの装幀では、一言も注文がなくても何度もゲラを読み返してデザインにとりかかったそうです。同じ装幀の仕事でもまったく逆のアプローチでデザインを進めているのが興味深いです。

『横尾忠則 初のブックデザイン展』会場

寺山修司さんの『書を捨てよ、町へ出よう』では、カバーをめくるとビートルズの写真が使われていました。そのまま使うと著作権使用料がかかるのでこっそり使ったということでしたが、これはどう考えても横尾さんだから成せる技です。(別会場にはジョン&ヨーコと三人で写した写真もありました。)「こういうユーモアをとても大切にしている」そうですが、普通のデザイナーがこんなことをやってしまったら、ユーモアを通り越してデザイナー生命終了です。

その他にも三島由紀夫さんの装幀を手掛けた時の逸話など(三島さんはアートディレクターの立場で、ラフスケッチまで持って現れ、出来上がったデザインにも平気でやり直しの注文をつけたそうです。)、デザインが完成するまでのやりとりは本当に面白いものでした。とても参考になるものから、横尾さんならでは過ぎてまったく参考にならないものまで、見応えのある作品とコメントが揃っています。

『横尾忠則 初のブックデザイン展』ポスター
同展覧会のポスター。

この展覧会と併せて、近々『横尾忠則 全装幀集』も発売されます。1957年から2012年の作品まで、55年間の装幀が約900点収録されるそうですよ。

「横尾忠則 初のブックデザイン展」は、11/27日(火)まで。

2012年11月11日日曜日

体験>情報:ハーマンミラーポスター展『Then × Ten』

アクシスギャラリーで開催された「ハーマンミラーポスター展『Then x Ten』」を観てきました。

『Then × Ten』というタイトルは、チャールズ&レイ・イームズアレキサンダー・ジラードなどが制作した過去のポスター10点(Then)と、現代のクリエイターが制作したポスター10点(Ten)を意味しています。展示はそれら新旧デザインのポスターと、そのモチーフとなった『アーロンチェアー』『イームズシェルチェア』『イームズラウンジチェア』などが併せて設置してあるという形式です。いずれもプロダクトデザイン史に残るハーマンミラー社の名作ですね。

新・旧のポスターの比較と、ポスターとそのモチーフになった実物の椅子の比較が出来る意味は、展示会を見学から体験のレベルまで、一気に引き上げてしまう工夫とも言えるでしょう。“体験>情報” という現代のマーケティング理論や時代の風潮にもマッチしていると思います。実際、会場では椅子に座る事も撮影も許可されていて、主催者側の自信と制作物の良さを知ってもらうために重ねた “誠実な試行錯誤” を感じました。

『ネルソンマシュマロソファ』田名網敬一
手前のポスターは『ネルソンマシュマロソファ』をモチーフにした田名網敬一さんの作品(2012年)。

『アーロンチェア』カム・タン
『アーロンチェア』と、それをモチーフに制作されたカム・タンのポスター(2012年)。

『テキスタイル&オブジェクト』アレキサンダー・ジラード
奥の壁のポスターは、アレキサンダー・ジラード『テキスタイル&オブジェクト』(1961年)。

『ネルソンココナッツチェア』ジョナサン・ザワダ
『ネルソンココナッツチェア』背面と、それをモチーフに制作されたジョナサン・ザワダのポスター(2012年)。

『イームズプライウッドチェア』エダ・アカルタン
今回私が一番惹かれたポスターは、エダ・アカルタンによる『イームズプライウッドチェア』(2012年)でした。この一枚のポスターで、「プライウッドチェア」の作者であるイームズ夫妻の暮らし、ロサンゼルスにある『イームズ邸』の様子、それらにまつわる色遣いなど、見事に表現されているのです。また、家・オフィス・学校など「どのような環境にも合う家具を作る」という、イームズ夫妻の信念までもが盛り込まれた作品になっていました。

旧作のポスターは有名な作品が多いので知っているものが多かったのですが、新作は未見のものばかりでしたので、それぞれイマジネーションの広がり方が大変に刺激的でした。モチーフとなった実物の椅子は答え合わせのためではなく、イメージソースに触れるためですね。アップルやハーマンミラーといった、会社がデザインを重視するのは売るためだけではなく問題解決のためであり、ユーザーに至上の体験を提供するためです。会場展示を公園の遊具で遊ぶように楽しみながら、デザインのストイックな一面を再確認した大変意味深い体験となりました。

※『Then x Ten』展は、11/7日に終了しました。