2012年8月5日日曜日

『おおかみこどもの雨と雪』は、あまりに真っ当な傑作エンターテインメント作品だった。


話題性では他作品に譲るものの、作品評価がずば抜けて高い『おおかみこどもの雨と雪』。期待以上の映画でした。予想外だったのは、いかにもファミリー向け映画のような可愛らしいヴィジュアル・イメージに反して、大人向けの文芸作品だったこと。『女の一生』というフランスの小説がありますが、『おおかみこどもの雨と雪』はそんな言葉がぴったりとくるような作品でした。

普通、物語というのは主人公の『成長』を描くものです。『成長』は、主人公が絶望的にわかり合えそうにない誰かと出会ったり、信じて疑わなかった常識が覆されるような世界に足を踏み入れる事で促されます。主人公を成長させる『わかりあえない存在』のことを批評では『他者』と呼んでいます。そのような自分と他者のギャップを描くこと、それが文芸作品の主たるテーマです。

それではどうして『おおかみこどもの雨と雪』は文芸作品なのでしょうか? ききわけなく泣き喚いたりする幼い子供を真摯に育て上げることは「『他者』と向き合う」ということで、本作が「そんな微笑ましくも過酷な暮らしが、主人公・花を線の細い少女からたくましい母親へと成長させてゆく」物語だからです。ただし、作品には非常に幅広く、様々なテーマが込められています。これだけ豊かな物語ですから、前述のように大雑把に物語の説明をすると大切なもののほとんどがこぼれ落ちてしまいます。また、ネタバレになっては申し訳ないので、内容についてはこの程度にとどめておきましょう。

大人向け、文芸作品などと書いてしまったので、高尚で難解なイメージに思われるかもしれないのですが、ワンシーンも退屈させない、濃密なエンターテインメントに仕上がっています。小難しく退屈な映画にしない為に、監督は元気いっぱいでやんちゃな子供たち(『他者』)をおおかみという野生動物に置き換えて、素敵なファンタジーに仕上げました。母と子の物語をファンタジーへとデザインする。これは “企画のデザイン力” ですね。デザインには『問題解決の手段』という役割がありますから、ここはデザインという言葉で正しいでしょう。
 ・過去の名作をリメイク = 焼き直し
 ・ハードルの高い文芸作品でお客さんを呼ぶ為に
  ファンタジーにする = デザイン
という事です。

登場人物のスタイリングに、スタイリストの伊賀大介さんが参加されている事も話題になっていますが、これはお洒落な映画を作るとか、キャッチーを狙うというよりも、演出効果を狙っているのでしょう。都会で着るような可愛らしいカットソーを着て畑仕事をやらせて、畑仕事に不慣れな感じを出してみたり。正しく映画のスタイリングだと感じました。(映画において『正しく』とは、台詞で語らないという事です)

思い返してみれば、細田守監督の最近の作品、『時をかける少女』、『サマーウォーズ』のポスターは全て、お客さんを呼べるデザインになっていますよね。なにか楽しいものが観られるんじゃないか、特別な体験になるんじゃないかという期待を掻き立てるような魅力的なヴィジュアルです。『おおかみこどもの雨と雪』のヴィジュアルもまた、例外ではありません。

映画本編が終わったら、「そもそも主人公の花が物語の最初、どんな女の子だったのか」を思い出してみてください。あまりに都合の良い、それ故に心の底からは共感出来ないハッピーエンドの物語では絶対に味わえない、ほろ苦いけどリアルなハッピーエンドが強くあなたの心を揺さぶってくるはずです。