2013年6月21日金曜日

「DTPの勉強会 第10回」のまとめ:『和欧混植』の定義は「和文 = 主」「欧文 = 従」


『DTPの勉強会 第10回』に参加してきました。
今回のテーマは『和欧混植』です。

★メインセッション:和欧混植
スピーカー:木枝 祐介さん(TwitterID:@p_typo)
      制作会社勤務。
外国語論文誌や理系書籍等の組版に従事。
○内容
和欧混植に関連する事項を基礎的なところから解説
・和欧混植とは何か
・和文と欧文の構造
・アキと揃え
○キーワード:和欧混植・ベタ組・レタースペーシング・ワードスペーシング・プロトリュージョン・マイクロタイポグラフィ

★サブセッション1:Acrobatの意外かもしれない校正方法
スピーカー:朋ちゃん(TwitterID:@tomochan_1974)
○内容:
Acrobatのどのバージョンでもやれること、X以降ならではのこと。
校正する時・される時に、よく使っている機能や気をつけている点の紹介

★サブセッション2:ちょい足し、Adobe DPS
スピーカー:クロチョコさん(TwitterID:@kurochocon)
○内容:
URLスキームやWeb技術を使った、ちょっとだけリッチなFolioの作り方の紹介

「『和欧混植』とは、和文を主とし欧文を従として混植を行うことである。」
というのが、スピーカーである木枝さんの「和欧混植」の定義です。
和文と欧文をそれぞれに美しく読みやすく組むだけでも難問ですが、両方を混在させるのはまた更にハードルが上がります。今回はそんな「和欧混植」についての考え方、捉え方、扱い方、注意点等についての講義でした。

その中で最も印象に残っているのは、「読者にとってそれが幸せであるか」と考えること。「読者の誤読を避ける」ということ。それ以外に、「和欧混植」をする理由はないとお話しされていたことです。これは「和欧混植」に限らず、デザインにも該当する大切なポイントになります。

そして講義の中で、明らかな正解というものはないということも理解できました。「和文」と「欧文」それぞれの組み方に間違いがないというのは前提となりますが、その中で見た目の美しさとバランス、視認性や可読性を追求することが「和欧混植」の重要ポイントであると感じます。

そのテクニックのひとつとして、「濃度を揃える」というものがありました。
「和文」は濃度を揃えず、「欧文」は濃度を揃えるというものです。「仮名」は薄く、「数字」や「アルファベット」が揃っているところは濃くなりますので、濃度のコントロールが非常に重要となってきます。また「和文は点」「欧文は面」と考えると、「仮名」よりも濃いが「漢字」よりも薄いという基準もあります。

「すべては書体のマッチング」で、版面全体での考察だけに留めず、すべてのページ全体での考察は必須だということでした。確認方法としては、じっと見るのではなくボーッと見たり、天地を逆にしたりする等、いつもと違う状態にすることで気づくこと、確認することができます。

たとえ正解がないものであっても、こういったテクニックを知り、より正解に近いデザインを決定していかなくてはなりません。「読者にとってそれが幸せであるか」を前提に、文字の扱いに注意し、その時々の媒体に相応しいデザインする重要性を改めて、確認しました。

『欧文書体 その背景と使い方』『欧文書体2 定番書体と演出法』『欧文組版 組版の基礎とマナー』『文字の組み方 組版/見てわかる新常識』
「和欧混植」を専門に扱った本は現在出版されていないようですが、欧文書体と欧文組版については『欧文書体 その背景と使い方』小林章 著(美術出版社)『欧文書体2 定番書体と演出法』小林章 著(美術出版社)『欧文組版 組版の基礎とマナー』髙岡昌生 著(美術出版社)が良書です。『文字の組み方 組版/見てわかる新常識』大熊肇 著(誠文堂新光社)では、一部「和欧混植」についても触れられています。


前回参加した『DTPの勉強会』の記事はこちら

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2013年6月12日水曜日

『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』:地に足の着いた真っ当なドキュメンタリ。『来なかった未来』の遊び。あるいは21世紀、私たちの欠落。

映画『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』ポスター
チャールズ&レイ・イームズのサクセス・ストーリーかと思いきや、落ち着いた眼差しの、真っ当なドキュメンタリー映画です。
二人の華々しい成功だけではなく、普通人としての苦悩や葛藤についても丁寧に描かれていました。デザイナーとして、経営者として、あまりにもありきたりな問題から始まり、夫婦の間のデリケートな問題に至るまで、メディアを通さずに身近でやりとりを観察しているような感じです。
言うまでもなく、デザインの歴史に巨大なインパクトを遺した世界的なデザイナーも、一般的な人間です。
ただ、第一線で活躍するプロは仕事に打ち込む情熱、完成度を求めるハングリーさが想像を遥かに上回るものです。
寺山修司は「歌うミック・ジャガーを観て、誰かが悪魔だと言った。その時、ミック・ジャガーは悪魔になった。自分から悪魔だとはミック・ジャガーは言わない」というような事を書いています。
デザインの世界だけではなく、すべての職業において、大物スターという名誉職があるわけではなく、その実績を尊敬されてこそ、「大物」になる。そういった当たり前な職業観というか、生活や人生の捉え方が、この映画の基調になっているのです。
だから『神のようなデザイナー、イームズが悪戦苦闘の末に後世に残るような成功を修めたサクセス・ストーリー』というような安っぽさと引き換えに、痛みが伴うかわりに多くのことを学び、考えるきっかけになったのだと思います。
少なくとも私にはそういう映画でした。

現役時代のイームズ夫妻にとって良かったことは、とにかく「前例がなかったこと」です。前例がないということは、リスクだけではなくてイメージを伝える事が困難だったりと、色々と大変ではありますが、1からビルドアップしていく機会、今、自分のやっている事がリアルに歴史を作っているような、エキサイティングで、充実した境遇とも言えます。先日の『カリフォルニア・デザイン』展でも、柔軟性を持って社会と密接に関わる「若々しい自由」をリアルに感じました。イームズ・オフィスは厳しいことで有名でしたが、チャールズとレイはもちろん、映画の中で自信たっぷりに語るスタッフたちを見ていると、いいオフィスだったのでしょう。

映画鑑賞後にアップリンク(渋谷)に飾られた『ウッドシェルチェア』を目にすると、感慨深いものがありました。『ウッドシェルチェア』は当時の技術では実現出来なかった椅子ですが、現在の3D成形技術によって完成させたものがこの度、発売されます。当時、この3D成形技術があれば作っていた可能性は大いにありますが、現在、イームズ夫妻が現役だったら、この椅子が作られることはなかったでしょう。一般の人に思いつかない事をしていたのがイームズ夫妻ですから、もっと違った何かを作っているはずです。この椅子には60年代に多く見られるアトミックなデザイン、21世紀の空飛ぶクルマ、タイムマシーンに代表される『来るはずだった未来』を感じます。私は、魅力的なデザインを持ちながら、実際の21世紀には若干の居心地悪さを感じる佇まいが、嫌いではありません。繰り返される試行錯誤とファンタジー、過去(60年代)と未来(現在)のないまぜとなって現れたカタチは「遊び」であり、そういった「遊び」が失われてしまえば、世界は味気ないものとなってしまうと思うからです。

イームズ夫妻は魅力的な二人のポートレートを数多く公開しています。微笑む二人のポートレートからは、オフィスや家庭の様々な問題など微塵も感じられません。彼らが創作する魅力的なプロダクトと生活はその時代のシンボル、大衆が主人公となった時代の、幸福や豊かさの象徴となりました。
豊かさに向かって邁進する60年代当時の明るさの背景には当然、貧しさがあります。(暮らし向きが良くなる、とか)
現在、私たちは物質的な豊かさの中にあって、別の豊かさを探している時代に生きていると思います。
今の豊かさの中に「ないもの」は、イームズ夫妻の時代に「ないもの」とは違うものです。現在の欠落に眼を向け、デザインで解決する事。私は「イームズ夫妻が現在、第一線で活躍していたらそんな事をしているのではないか」という想像をせずにはいられませんでした。


『カリフォルニア・デザイン』展の記事はこちら

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2013年6月5日水曜日

『カリフォルニア・デザイン 1930-1965 -モダン・リヴィングの起源-』:見るべきは作品ではなく、デザインを通して見えてくるもの。

カリフォルニア・デザイン 1930-1965 -モダン・リヴィングの起源-
私の理解ではカリフォルニア・デザインとは、「大衆の為のデザイン」です。「『大衆』は大量生産大量消費の為に、テレビに作られた」という言葉があります。今回のカリフォルニア・デザイン展のポスターに「1930-1965」という時代設定が表記されています。この時代設定を眼にして、『大衆』という概念が頭をよぎったのは、この時代がおそらくはテレビの台頭と合致するからでしょう。

カリフォルニア・デザインの大雑把な背景は、戦地から兵隊が戻ってきたり、新しい産業が次々に興ったりしてカリフォルニアの人口が爆発的に増加。住宅・オフィスが足りなくなって建設ラッシュに。生活・就労人口が増えたのでモノも足りない。プラスティックが誕生して、今まで木工と金属が中心だった工業製品が手作業ではなくて工場で大量生産されるようになる。大量生産が出来るようになると、生産コストが下がる。生産コストが下がると価格も下がる。みんな(大衆)が多くを手に入れられるようになり、家庭や市場にモノが溢れ返る……といった感じでしょう。

移民の流入など他にも色々あるのでしょうけど、様々な要因があり、その結果として「大衆の為のデザイン=カリフォルニア・デザイン」というものが形成された、という理解の順序で大方、正しいと思います。

「大衆のためのデザイン」というと階級闘争的な、政治的・社会的なイメージかもしれませんが、そういう事ではなくて社会事情やテクノロジーの進化が背景にあって、結果としてこうなったという理解が正解だと思うのです。芸術「運動」とは明らかに違うのですね。

事実、この展覧会の展示物は一般的な商品であり、道具であったりします。デザインの背景にある時代の潮流やヒトの歴史を感じながら、あくまでPopであるデザインの数々には、芸術作品とは違った力がありました。例えて言うならば、美術館で本物の絵画に触れる感じではなく、博物館で巨大な化石を観る感じです。作品ではなく、歴史を観ているような印象を受けます。そんな風に「名作絵画を一気に集めた展覧会とは違う」と気付いた時、私にはいつも美術館で観る展覧会とは違ったものが見えてきました。
「デザインを通して歴史を知り、その上でこれからの社会と、デザイナーはどのようにコミットしていくのか?」

会場展示はほぼ時系列で作られていたと思います。ラストの展示物は『Endless Summer』のポスターでした。当然ながら、『Endless Summer』という言葉は「夏は終わる」と自覚したからこそ、生まれた言葉です。
カリフォルニア・デザインが提示してきた価値観、理想や幸福のイメージが終わる、そんな予感が現代にあるのかもしれません。最後の展示物である『Endless Summer』のポスター、そしてアメリカを代表とした「大量生産・大量消費の時代」のシンボルとも言えるカリフォルニア・デザイン展が開かれた事は、その予感の現れかと思うのです。終わるのは大衆ではなく、大量生産・大量消費時代であり、時代は次へとシフトするのでしょう。「幸せ」、「豊かさ」という概念も変わるかもしれません。

デザインはどこにでもあります。だからこそ、社会や歴史についても論理的な理解を深めて、抽象的な思考を獲得していく事が重要です。
平たく言えば「もっとデザインを学ばなくてはならないんだけど、学ぶと言っても美術館に通うだけではなく、目の前の日常にデザインがどうコミットしているのかを考え続ける事が大切なのではないか?」という事です。
「デザインを通して歴史を知り、その上でこれからの社会と、デザイナーはどのようにコミットしていくのか?」
提示される問題は抽象的ですが、デザイナーである私が返す答えは具体的でなければならず、私は具体的な答えを出せるように抽象的な、形の無いものについて、あまりにリアルな目の前の生活を見ながら考え続けなくてはならず……と自問自答の無限ループみたいな感じでより深く掘り下げていく事。なんだか目眩がしそうですが、カリフォルニア・デザイン展にその仕事を展示されていた先人たちはきっとそれをやっていたので、私も同様にやるしかないのですね。

『California Design, 1930-1965: Living in a Modern Way』日本語版
今回の展覧会に合わせて出版された、ロサンゼルス・カウンティ美術館発行の『California Design, 1930-1965: Living in a Modern Way』日本語版(新建築社)。

カリフォルニア・デザイン 1930-1965 -モダン・リヴィングの起源- California Design, 1930-1965: "Living in a Modern Way"

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2013年5月15日水曜日

「フランシス・ベーコン展」:リアリズム・インパクト・客観。30年ぶりのフランシス・ベーコン。

レインコートを着たフランシス・ベーコン
MoMAで「フランシス・ベーコン」の作品『絵画』を観た時の衝撃は今も鮮明に覚えています。それ以来ベーコンの存在は、私の心にひっかかっていました。そしてついにこの春、日本では1983年以来、30年ぶりの「フランシス・ベーコン展」が開催です。

今回の展覧会は、
 1. 移りゆく身体
 2. 捧げられた身体
 3. 物語らない身体
 4. エピローグ:ベーコンに基づく身体
の4部構成で、身体に焦点を当てた内容になっています。それは身体表現による造形の美しさと共に、ベーコンの「我々は肉である。いつか死骸になる。」という言葉を強く感じさせるものでした。

ベーコンに影響を受けた人の中には、ダミアン・ハースト、デヴィッド・リンチ、ベルナルド・ベルトルッチなどがいます。ダミアン・ハーストはベーコンに傾倒し、絵画論や芸術観だけではなく、その作品や手法も影響を受け、デヴィッド・リンチに至っては、「画家のナンバー・ワン・ヒーロー」と言うほどで、彼の映画の中にもその影響が見て取れます。

なぜこれほどまでに観る者を惹き付けて止まないのか。

「暴力性があふれているのは現実の世界であって芸術家の作品ではない。みんな『生』を考えちゃいない。」
というのはベーコンの言葉ですが、一見グロテスクに感じる表現でありながら、そこには絶えず「生」を感じることができるからでしょう。シュールレアリスムの影響もあり、新しい芸術には人々にショックを与える要素が必要だと考え「神経組織を刺激する」フォルムと描法を確立したという部分は確信的です。

また、彼の生涯は激動の連続であったこともあり、作品に影響し反映されていることも多々あるため、その二つを重ね合わせてみることも一つの試みと言えるでしょう。写真集などからモチーフを選ぶことも多かったようですが、彼の恋人(男性)や親しい友人、もしくは本人が激しく歪められキャンバスに切り取られている様は、何とも言えない不思議な感覚を覚えました。

ベーコンは、ほとんどの作品において、ガラスと金縁の額を指示していました。今回の展覧会でもガラスの反射が強く見づらいのは、当時の様子を再現してあるからだそうです。

「ガラスは絵に統一感をもたらしてくれます。ガラスによって、作品と観客の間に隔たりができるのもいいですね。言ってみれば対象を出来る限り引き離したいのです。」
というのがベーコンの希望する展示方法ですが、今回、彼が望む状態で鑑賞できる貴重な機会となっていました。

「対象を引き離したい」というベーコンの不可解な想いを感じながらの鑑賞は、「どのように作品と向き合えばいいのか」を問われている気がしました。知らない事を「知る」時、ヒトは常に異物を呑むような違和感を覚えずにはいられません。知っている事を改めて知る「確認」と「知る」差異は、この「違和感」に尽きると言えます。「知る」に伴うこの違和感は、常にデザイナーに突きつけられる一つ目のハードルなのです。

同展覧会のポスター。

「フランシス・ベーコン展」は、
3/8(金)~5/26(日) 東京国立近代美術館
6/8(土)~  9/1(日) 豊田市美術館
で開催されます。

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2013年5月12日日曜日

『愛、アムール』:シンプルなストーリーに漲る緊張感をもたらすのは、リアリストの眼差し。

映画『愛、アムール』ミヒャエル・ハネケ監督・脚本
観賞後、食事が喉を通らなくなるような作品ばかり作る巨匠、ミヒャエル・ハネケ。誰にでもお奨め出来る作品ではないけど、そのクオリティはいつも圧倒的。本作も「これを観たから今年の映画はこれ一本で良いかな……」とすら感じてしまう出来映えでした。つまり、好き嫌いは別にして誰もが観ておいて損にならない映画です。

「映画とは1秒間に24の嘘をついて真実に迫る方法である」とハネケは言っています。言うまでもなく、すべての映画は虚構です。しかし、ハネケの映画を観るという行為は彼の言葉通り、「一つの真実に触れる行為」と言っても良いでしょう。真実のざらついた感触が、情報ではなく作品に触れたというずっしりとした満足感を感じさせてくれます。この満足はネットにもTVにも存在しない、作品だけが持つインパクトですね。娯楽にインパクトはありませんし、情報に満足はありません。

私の考えではハネケの際立った特徴は「観察眼の確かさ」です。映画に限らず、ハネケほどのリアリストは今、世界を見渡してもあまり類を見ないと思います。

デザインの仕事をしていてデザインの指針が決まる時、つまり問題解決に相応しい枠組みを発見出来た時に「インスピレーションを得た」と感じます。そのインスピレーションを得た感覚は、クライアントが「潜在的に要求している要望の本質を掴んだ」という感覚で、ハネケはそういった本質を掴む能力が圧倒的に高い。その観察眼の確かさ、を今回の映画でも強く感じました。

本作に限らず、ハネケの映画全般は、あまり複雑ではありません。ストーリーは本当にシンプルなものです。しかし、そのシンプルなストーリーには観ているこちらが疲労する程の緊張感が漲っています。リアリストとして仕事をする徹底した姿勢が、シンプルな物語にそのような緊張感を生み出させているのでしょう。つまり、緊張感の正体は「リアリティ」ですね。

これからご覧になる方が本作において注意しなくてはいけないのは、「最後の決断が誰の願いに因るものか?」という事です。ここを読み違えると単なる陰惨な物語になってしまいます。

また、作品中に出てくる「鳩」に注目してください。ネタバレじゃないです。事実、ハネケは主人公がいつも座っている席の側に「鳩の画」を掛けています。つまり、「鳩に注目しておいて」と言っているのです。

以前、観た映画で「人類はどうして見上げるばかりで、見下す事をしないのか?」「足下を見ると、不安になるからだろう」というやりとりがありました。足下とは「今、そこにある危機」ですね。例えば本作で取り上げられた主題は十数年後に私たち日本にとっても「来るべき世界」です。この問題は現在、あまり真剣に考えられていない気がしますが、別に怠けているのでも眼を逸らしているのでもなく、誰も具体的にイメージが掴めていないのだと思います。

ハネケのたいていの作品に共通しているのですが、彼の作品の登場人物は一様に、
・社会的地位が高く、
・相応にインテリジェンスがあって、
・経済的にも豊かな富裕層
です。

つまり、足下の問題とは、お金も社会的地位も知性すらも平等に役に立たない、本質的な問題であり、それは現実であり、真実である、という事です。

……とここまで書いてきて、「真実に触れようとする事」(「真実に触れる事」ではなく)って、なんだか厄介事を抱き込むだけであまり良い感じがしない気分に私自身もなりつつあるのですが……。

それでも「インテリジェンスとは本来どういうものか?」を、最近の私は忘れがちなので、たまにこういうインパクトに触れる事が絶対に必要と感じる、ここしばらくなのでした。口当たりの良い「希望」の味しか知らないデザイナーでは、この先・この時代、仕事になりませんしね。

●映画『愛、アムール』
 監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ

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2013年4月11日木曜日

『DTPの勉強会 特別編・第3回』:透明とオーバープリントについて押さえておくべき知識


『DTPの勉強会 特別編・第3回』に参加してきました。
今回のテーマは『制作者のための「正しく刷れる」データ制作のポイント』。

★スピーカー:松久 剛さん
(大日本スクリーン製造株式会社 メディアアンドプレシジョンテクノロジーカンパニー ソフトウエア商品開発部)

★内容
『制作者のための「正しく刷れる」データ制作のポイント』
・自己紹介/会社紹介
・透明とオーバープリント
・特色指定を正しく
・ストローク処理
・色空間(カラースペース)
・印刷できるPDF「PDF/X」
 (Adobe PDF Print Engine 2)
・出力解像度
・RIP(Raster Image Processer)による違い

フリーランスになってから、版元さんをはじめクライアントさんに入稿する機会が増えました。同時にどこで印刷されるのかかわからない(決まっていない)ということも増えました。そのためどこで印刷しても大丈夫なデータ制作を心掛けています。ソフトや製版現場は変わり続けていますので「このデータ制作方法で最良なのか」と注意を払っておく事は非常に大切な事でしょう。

今回の主な内容は「意図したデザインで仕上げるためには、製版指示もデザインの一部と考える」というもので、様々な効果や事例についての講義となりました。「透明とオーバープリント」では、透明効果は新たなデザイン手法で、オーバープリント(ON=ノセ・OFF=ケヌキ)は製版指示の一種だという説明がありました。(透明とオーバープリントは別物なので分けて考えた方がいいですね。)

スピーカーの松久さんの提案は、『ノセ活き』という考えのもと
「オーバープリント指定を活かし、
 自動墨ノセを行わず、
 データ通り処理すること」
でした。自分で正しく設定したデータを制作し、入稿する際に『ノセ活き』と伝えるというものです。この方法だと製版結果までコントロールし、データ通りの出力結果になりますね。(データ制作上の責任が伴うので注意が必要ですが…。)

以前、墨ベタのものは「自動墨ノセ」にするので「印刷会社によってはオーバープリントを無視する」と聞いたことがありましたが、これは印刷に詳しくない方が制作したデータの救済措置としてのものなのだそうです。正しく理解した上で設定できるならした方がいいし、設定されたものを無視して印刷されることはないということでした。ですので注意しつつ、今後もオーバープリントは自分で設定しておくことにします。

その他「様々なトラブル事例」「特色を使用する際の注意点」「DeviceNとDeviceCMYKの比較」「PDFの規格について」「CS3以降がなぜいいのか」「オーバープリントの昔と今」「従来のRIP・イマドキのRIP」といったトピックも議題として挙がりました。事例をたくさん見せていただいたので非常に明解です。

「アピアランス」や「線にグラデーション」など、限界に挑戦した(!?)Illustrator 出力実験の結果も興味深いものでした。かなり複雑なイラストも大丈夫なようで、極めればアイディア次第でいろいろ使えそうですね。出力に負荷のかからないデータ制作を心掛ける必要はありますが、比較的、新しい機能をデザインにどこまで取り入れて使うかという見極めも大切だと感じました。

今回、何人かの参加者の方々と最近の入稿の仕方について情報交換をさせていただきましたが、様々な現場で様々な入稿形態があって面白いですね。入稿先が古いルールを採っている場合は Illustrator のネイティブデータにEPSの画像など未だにあるようですし、あえてそれを選んでいることもあるのか、なかなか興味深いところです。印刷会社や制作現場の環境は現実とのせめぎ合いとなりますので、良くも悪くも実に多様ですね。

私の考えでは、一番確実なのは入稿先である印刷会社さんに直接聞くことです。私も必要な場合には連絡先を聞いて問い合わせますし、それが不可能な場合は、出力環境に依存しないデータを目指して制作しています。今回の勉強会の内容は、現状の答え合わせと再確認として、ぜひ今後に活かしていきたいものでした。

SCREEN『EQUIOS』パンフレット
『EQUIOS』をはじめ、今回配布されたパンフレット。

出力に関しての情報がまとめられているサイト

 (2013年4月6日開催)

前回参加した『DTPの勉強会』の記事はこちら

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2013年3月5日火曜日

『INDD 2013 Tokyo (spring)』:美しい文字組みについて考える + 多ページ作成でのInDesignテクニック

INDD 2013 Tokyo (spring)
3月2日(土)に InDesignユーザーの祭典『INDD 2013 Tokyo (spring)』が開催されました。東京では昨年の7月20日以来2度目の開催です。前回が非常に有意義なセッションであったため、今回も楽しみにしていました。

★INDD 2013 Tokyo (spring)  ※敬称略

   - for beginners -
   ○美しい文字組みについて考える
    紺野 慎一(凸版印刷株式会社)
  大石 十三夫(なんでやねんDTP)
  宮地 知(大阪DTPの勉強部屋)

   - special -
   ○アドビセッション
    岩本 崇・川島 修治(アドビ システムズ)

   - for power users -
   ○もっと!InDesignを使いこなす
  多ページ作成でのInDesignテクニック
    西村 留美(印刷会社勤務・What's in DTP)
  あかね(印刷会社勤務・ちくちく日記)

InDesignユーザーの祭典『INDD 2013 Tokyo (spring)』
前半の「美しい文字組みについて考える」では、紺野さんから「段落スタイルと文字スタイル」「組版の仕様(デフォルト)を決めていく作業」「マスターページ作成」「組版の落とし穴的問題の解決」といった文字組みをする際の設定や注意点など、大石さんと宮地さんからは、文字組みを美しく見せるためのこだわりや設定方法、約物の正しい取り扱いなどについてのお話しがありました。

後半の「多ページ作成でのInDesignテクニック」は、多ページならではの方法と注意点などが主題になりました。
多ページドキュメントというのは、ページ数とファイル数が多く、テキストがメインでレイアウトはシンプルというもので、普段の私の仕事ではないものが中心ですが、どのような制作手法がとられているのか非常に興味がありました。自動化することによるメリットは時間短縮につながるだけでなく、モレなどのミスを減らすこともできるので、ボリュームが多く複雑な行程を踏む場合には必須です。

全体を通して感じたのは、「機能の理解」と「情報の取捨選択」が重要だということです。
書籍、雑誌、パンフレットなど、媒体によって文字の組み方は違うということもあり、「InDesign」の制作手法にこれといった正解はありません。「正解がない」からこそ多くの情報の中から、案件にとっても自分にとっても少しでも最良の方法をとる必要性を感じるのです。新規の案件に取り組む際に、
・仕上がりをイメージしてどのような行程で制作していくか
・また修正が入った場合にどのように対応していくのか
なども考慮し、効率的にフィニッシュまで持っていきたいものです。

また「InDesign」の「仕様」と「バグ」の見極めは困難です。本来なら得られるはずの結果がなかなか思い通りにならない、というのは時としてあるものですが、それがソフトやフォントの仕様なのか操作ミスなのかの判断が難しいのです。それだけに、このような多くの情報を一度に得られるのは貴重な機会でした。次回の『INDD 2013』は、11月23日(祝)に開催されるそうです。最新バージョンの新機能や過去バージョンとの差異も気になりますので、これからの開催にも期待しています。

(追記)私は今回登壇された紺野慎一さんとミルキィ・イソベさんとの共著『組む。InDesignでつくる、美しい文字組版』(ビー・エヌ・エヌ新社)で、InDesignの活用について多くのことを学びました。今回のお話しもこの本で取り上げられていたものが多数あります。実際に取り入れた方法も多く、非常に役立った技法書なのでオススメの一冊です。
『組む。InDesignでつくる、美しい文字組版』
『組む。InDesignでつくる、美しい文字組版』
ミルキィ・イソベ + 紺野慎一(ビー・エヌ・エヌ新社)


前回の『INDD 2012 Tokyo』の記事はこちら

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