2013年5月12日日曜日

『愛、アムール』:シンプルなストーリーに漲る緊張感をもたらすのは、リアリストの眼差し。

映画『愛、アムール』ミヒャエル・ハネケ監督・脚本
観賞後、食事が喉を通らなくなるような作品ばかり作る巨匠、ミヒャエル・ハネケ。誰にでもお奨め出来る作品ではないけど、そのクオリティはいつも圧倒的。本作も「これを観たから今年の映画はこれ一本で良いかな……」とすら感じてしまう出来映えでした。つまり、好き嫌いは別にして誰もが観ておいて損にならない映画です。

「映画とは1秒間に24の嘘をついて真実に迫る方法である」とハネケは言っています。言うまでもなく、すべての映画は虚構です。しかし、ハネケの映画を観るという行為は彼の言葉通り、「一つの真実に触れる行為」と言っても良いでしょう。真実のざらついた感触が、情報ではなく作品に触れたというずっしりとした満足感を感じさせてくれます。この満足はネットにもTVにも存在しない、作品だけが持つインパクトですね。娯楽にインパクトはありませんし、情報に満足はありません。

私の考えではハネケの際立った特徴は「観察眼の確かさ」です。映画に限らず、ハネケほどのリアリストは今、世界を見渡してもあまり類を見ないと思います。

デザインの仕事をしていてデザインの指針が決まる時、つまり問題解決に相応しい枠組みを発見出来た時に「インスピレーションを得た」と感じます。そのインスピレーションを得た感覚は、クライアントが「潜在的に要求している要望の本質を掴んだ」という感覚で、ハネケはそういった本質を掴む能力が圧倒的に高い。その観察眼の確かさ、を今回の映画でも強く感じました。

本作に限らず、ハネケの映画全般は、あまり複雑ではありません。ストーリーは本当にシンプルなものです。しかし、そのシンプルなストーリーには観ているこちらが疲労する程の緊張感が漲っています。リアリストとして仕事をする徹底した姿勢が、シンプルな物語にそのような緊張感を生み出させているのでしょう。つまり、緊張感の正体は「リアリティ」ですね。

これからご覧になる方が本作において注意しなくてはいけないのは、「最後の決断が誰の願いに因るものか?」という事です。ここを読み違えると単なる陰惨な物語になってしまいます。

また、作品中に出てくる「鳩」に注目してください。ネタバレじゃないです。事実、ハネケは主人公がいつも座っている席の側に「鳩の画」を掛けています。つまり、「鳩に注目しておいて」と言っているのです。

以前、観た映画で「人類はどうして見上げるばかりで、見下す事をしないのか?」「足下を見ると、不安になるからだろう」というやりとりがありました。足下とは「今、そこにある危機」ですね。例えば本作で取り上げられた主題は十数年後に私たち日本にとっても「来るべき世界」です。この問題は現在、あまり真剣に考えられていない気がしますが、別に怠けているのでも眼を逸らしているのでもなく、誰も具体的にイメージが掴めていないのだと思います。

ハネケのたいていの作品に共通しているのですが、彼の作品の登場人物は一様に、
・社会的地位が高く、
・相応にインテリジェンスがあって、
・経済的にも豊かな富裕層
です。

つまり、足下の問題とは、お金も社会的地位も知性すらも平等に役に立たない、本質的な問題であり、それは現実であり、真実である、という事です。

……とここまで書いてきて、「真実に触れようとする事」(「真実に触れる事」ではなく)って、なんだか厄介事を抱き込むだけであまり良い感じがしない気分に私自身もなりつつあるのですが……。

それでも「インテリジェンスとは本来どういうものか?」を、最近の私は忘れがちなので、たまにこういうインパクトに触れる事が絶対に必要と感じる、ここしばらくなのでした。口当たりの良い「希望」の味しか知らないデザイナーでは、この先・この時代、仕事になりませんしね。

●映画『愛、アムール』
 監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ

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2013年4月11日木曜日

『DTPの勉強会 特別編・第3回』:透明とオーバープリントについて押さえておくべき知識


『DTPの勉強会 特別編・第3回』に参加してきました。
今回のテーマは『制作者のための「正しく刷れる」データ制作のポイント』。

スピーカー:松久 剛さん
大日本スクリーン製造株式会社 メディアアンドプレシジョンテクノロジーカンパニー ソフトウエア商品開発部)

★内容
『制作者のための「正しく刷れる」データ制作のポイント』
・自己紹介/会社紹介
・透明とオーバープリント
・特色指定を正しく
・ストローク処理
・色空間(カラースペース)
・印刷できるPDF「PDF/X」
 (Adobe PDF Print Engine 2)
・出力解像度
・RIP(Raster Image Processer)による違い

フリーランスになってから、版元さんをはじめクライアントさんに入稿する機会が増えました。同時にどこで印刷されるのかかわからない(決まっていない)ということも増えました。そのためどこで印刷しても大丈夫なデータ制作を心掛けています。ソフトや製版現場は変わり続けていますので「このデータ制作方法で最良なのか」と注意を払っておく事は非常に大切な事でしょう。

今回の主な内容は「意図したデザインで仕上げるためには、製版指示もデザインの一部と考える」というもので、様々な効果や事例についての講義となりました。「透明とオーバープリント」では、透明効果は新たなデザイン手法で、オーバープリント(ON=ノセ・OFF=ケヌキ)は製版指示の一種だという説明がありました。(透明とオーバープリントは別物なので分けて考えた方がいいですね。)

スピーカーの松久さんの提案は、『ノセ活き』という考えのもと
「オーバープリント指定を活かし、
 自動墨ノセを行わず、
 データ通り処理すること」
でした。自分で正しく設定したデータを制作し、入稿する際に『ノセ活き』と伝えるというものです。この方法だと製版結果までコントロールし、データ通りの出力結果になりますね。(データ制作上の責任が伴うので注意が必要ですが…。)

以前、墨ベタのものは「自動墨ノセ」にするので「印刷会社によってはオーバープリントを無視する」と聞いたことがありましたが、これは印刷に詳しくない方が制作したデータの救済措置としてのものなのだそうです。正しく理解した上で設定できるならした方がいいし、設定されたものを無視して印刷されることはないということでした。ですので注意しつつ、今後もオーバープリントは自分で設定しておくことにします。

その他「様々なトラブル事例」「特色を使用する際の注意点」「DeviceNとDeviceCMYKの比較」「PDFの規格について」「CS3以降がなぜいいのか」「オーバープリントの昔と今」「従来のRIP・イマドキのRIP」といったトピックも議題として挙がりました。事例をたくさん見せていただいたので非常に明解です。

「アピアランス」や「線にグラデーション」など、限界に挑戦した(!?)Illustrator 出力実験の結果も興味深いものでした。かなり複雑なイラストも大丈夫なようで、極めればアイディア次第でいろいろ使えそうですね。出力に負荷のかからないデータ制作を心掛ける必要はありますが、比較的、新しい機能をデザインにどこまで取り入れて使うかという見極めも大切だと感じました。

今回、何人かの参加者の方々と最近の入稿の仕方について情報交換をさせていただきましたが、様々な現場で様々な入稿形態があって面白いですね。入稿先が古いルールを採っている場合は Illustrator のネイティブデータにEPSの画像など未だにあるようですし、あえてそれを選んでいることもあるのか、なかなか興味深いところです。印刷会社や制作現場の環境は現実とのせめぎ合いとなりますので、良くも悪くも実に多様ですね。

私の考えでは、一番確実なのは入稿先である印刷会社さんに直接聞くことです。私も必要な場合には連絡先を聞いて問い合わせますし、それが不可能な場合は、出力環境に依存しないデータを目指して制作しています。今回の勉強会の内容は、現状の答え合わせと再確認として、ぜひ今後に活かしていきたいものでした。

SCREEN『EQUIOS』パンフレット
『EQUIOS』をはじめ、今回配布されたパンフレット。

出力に関しての情報がまとめられているサイト

 (2013年4月6日開催)

前回参加した『DTPの勉強会』の記事はこちら

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2013年3月5日火曜日

『INDD 2013 Tokyo (spring)』:美しい文字組みについて考える + 多ページ作成でのInDesignテクニック

INDD 2013 Tokyo (spring)
3月2日(土)に InDesignユーザーの祭典『INDD 2013 Tokyo (spring)』が開催されました。東京では昨年の7月20日以来2度目の開催です。前回が非常に有意義なセッションであったため、今回も楽しみにしていました。

★INDD 2013 Tokyo (spring)  ※敬称略

   - for beginners -
   ○美しい文字組みについて考える
    紺野 慎一(凸版印刷株式会社)
  大石 十三夫(なんでやねんDTP
  宮地 知(大阪DTPの勉強部屋

   - special -
   ○アドビセッション
    岩本 崇・川島 修治(アドビ システムズ)

   - for power users -
   ○もっと!InDesignを使いこなす
  多ページ作成でのInDesignテクニック
    西村 留美(印刷会社勤務・What's in DTP
  あかね(印刷会社勤務・ちくちく日記

InDesignユーザーの祭典『INDD 2013 Tokyo (spring)』
前半の「美しい文字組みについて考える」では、紺野さんから段落スタイルと文字スタイル」組版の仕様(デフォルト)を決めていく作業」マスターページ作成」組版の落とし穴的問題の解決」といった文字組みをする際の設定や注意点など、大石さんと宮地さんからは、文字組みを美しく見せるためのこだわりや設定方法、約物の正しい取り扱いなどについてのお話しがありました。

後半の「多ページ作成でのInDesignテクニック」は、多ページならではの方法と注意点などが主題になりました。
多ページドキュメントというのは、ページ数とファイル数が多く、テキストがメインでレイアウトはシンプルというもので、普段の私の仕事ではないものが中心ですが、どのような制作手法がとられているのか非常に興味がありました。自動化することによるメリットは時間短縮につながるだけでなく、モレなどのミスを減らすこともできるので、ボリュームが多く複雑な行程を踏む場合には必須です。

全体を通して感じたのは、「機能の理解」と「情報の取捨選択」が重要だということです。
書籍、雑誌、パンフレットなど、媒体によって文字の組み方は違うということもあり、「InDesign」の制作手法にこれといった正解はありません。「正解がない」からこそ多くの情報の中から、案件にとっても自分にとっても少しでも最良の方法をとる必要性を感じるのです。新規の案件に取り組む際に、
・仕上がりをイメージしてどのような行程で制作していくか
・また修正が入った場合にどのように対応していくのか
なども考慮し、効率的にフィニッシュまで持っていきたいものです。

また「InDesign」の「仕様」と「バグ」の見極めは困難です。本来なら得られるはずの結果がなかなか思い通りにならない、というのは時としてあるものですが、それがソフトやフォントの仕様なのか操作ミスなのかの判断が難しいのです。それだけに、このような多くの情報を一度に得られるのは貴重な機会でした。次回の『INDD 2013』は、11月23日(祝)に開催されるそうです。最新バージョンの新機能や過去バージョンとの差異も気になりますので、これからの開催にも期待しています。

(追記)私は今回登壇された紺野慎一さんとミルキィ・イソベさんとの共著『組む。InDesignでつくる、美しい文字組版』(ビー・エヌ・エヌ新社)で、InDesignの活用について多くのことを学びました。今回のお話しもこの本で取り上げられていたものが多数あります。実際に取り入れた方法も多く、非常に役立った技法書なのでオススメの一冊です。
『組む。InDesignでつくる、美しい文字組版』
『組む。InDesignでつくる、美しい文字組版』
ミルキィ・イソベ + 紺野慎一(ビー・エヌ・エヌ新社)


前回の『INDD 2012 Tokyo』の記事はこちら

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2013年1月22日火曜日

『田中一光とデザインの前後左右』:「スタンダードでありながら新しい」がこれからの指標?!

田中一光とデザインの前後左右
「21_21 DESIGN SIGHT」で開催された『田中一光とデザインの前後左右』を観てきました。

「デザインが本当に生活に浸透すると無記名になる」 。
『田中一光とデザインの前後左右』を観てそんなことを思いました。グラフィックデザイナーやデザインに興味がある人であれば、田中一光という名前を知らない人はほとんどいないでしょう。一般の人でも田中さんのデザインを至る所で目にしているはずです。会場で膨大なデザインの数々を前にして、田中さんのデザインが日本のデザイン史に残された多大な業績の重みを深く感じ入りました。

私が最初に田中さんのデザインに触れたのは、写植メーカーであった「モリサワ」のアートディレクションでした。中でも『たて組ヨコ組』は毎号クオリティ高く、デザイナーになる前から今日まで多大な影響を受けています。『たて組ヨコ組』は1972年から同社のPR誌として配布されていたもので、右ページからは「たて組」に、左ページからは「ヨコ組」に美しく文字組版がされていて、優れたデザインが多数掲載された冊子です。今回の展覧会のタイトルやパンフレットの構成にもそれが取り入れられているのは、田中さんの仕事を知り尽くした、小池一子さん(本展ディレクター)と廣村正彰さん(本展会場構成・グラフィックデザイン)ならでは、ですね。

『田中一光とデザインの前後左右』21_21 DESIGN SIGHT

今回の展覧会で一番印象に残ったのは「ライフスタイルの基盤」という展示です。グラフィックデザインの仕事は今までにも多数拝見していますので、田中さんがデザイナーとしての社会・文化・生活にまつわる活動をより深く知ることはとても意味のあることでした。

・1980年に発売された「無印良品」のベースとなる
 生活者の思想を意識したコンセプト作り。
「TOTOギャラリー・間」「ギンザ・グラフィック・ギャラリー」
 などのデザイナーが発表できる場づくり。
「東京デザイナーズスペース」
 「日本グラフィックデザイナー協会」などの立ち上げ。
・企業とデザイナー、社会とデザイナーという
 双方向から考えられたCI制作。
中川ケミカル「カッティングシート」大日本インキ化学工業
 「DICカラーガイド」特種東海製紙「ファンシーペーパー」
 などの用紙やインキの開発。
・自らデザインされた明朝体、モリサワ「光朝」の制作。

こうして見てみると、デザインに必要な環境を整えてきたことなど、日本のデザイン業界にどれほど貢献されてきたのかということがよく分かります。田中さんは「デザインの三大要素は紙と色と文字」とおっしゃっていたそうですが、その大切な要素の整備には目を見張るものがありました。そしてそれらの要素を最大限に活かし完成されたデザインは、美しく斬新な表現で以前から非常に感銘を受けていたものです。

また「生活のすべてがデザインなんだよ」とのお言葉通り、日々の暮らしをとても大切にされていたことが、あちこちから見て取れました。とりわけ料理に関しては田中さん自ら腕を振るうこともあり、デザインと重ねて語られることが多かったようです。素材の選び方、調理のタイミング、器の選択と盛りつけを、デザインに置き換えて作品を観てみると、なるほどしっくりと当てはまります。「生活のすべてがデザイン」ということも、改めて実感する機会でもありました。

と、まあここまで書いてきましたが、田中一光さんについて書くのは正直難しいです。
有名すぎてスタンダードに、つまり標準となってしまったものの特殊性(Unique Sales Point)やコア・コンピタンスを改めて抜き出すのはとても難しい。今更、ビートルズの凄さについて書くようなものですから。作家の村上龍さんがジョルジオ・アルマーニさんに「スタンダードでありながらも新しいものを作っていく、というのはすべての作り手の夢だと思うのですが、貴方の周辺にはどのようなスタッフがいらっしゃるのですか?」と質問をして喜ばれていたのですが(『対談集 世界を僕らの遊び場に』村上龍 著)、「スタンダードでありながら新しいものを作っていく」は、これからの時代の新たな指標になるかもしれません。

廣村正彰さんの作品『His Colors』
「色彩の絶対音感を持つ」といわれた田中さんが選定した「カッティングシート」と「ファンシーペーパー(TANT)」を用いて制作された廣村正彰さんの作品『His Colors』。(デザイン:廣村正彰 協力:株式会社中川ケミカル「CS100」・株式会社竹尾「タント」)

※『田中一光とデザインの前後左右』は、
  1月20日(日)に終了しました。

前回の田中一光さんについての記事はこちら

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2013年1月1日火曜日

2013年を迎えて

NEW YEAR 2013

新年あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になりありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

新しい年が良い一年でありますように、
皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます☆

2013年 元旦


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2012年12月26日水曜日

『田中一光とファンシーペーパー その色彩と質感へのまなざし』:可能性と憂鬱

田中一光とファンシーペーパー その色彩と質感へのまなざし
「特種東海製紙 Pam東京」で開催された『田中一光とファンシーペーパー その色彩と質感へのまなざし』を観てきました。

田中一光さんは長年に渡り「特種東海製紙」の総合的なアートディレクターを務められました。『Pam』というのは「Paper and material」の略で、この展示スペースのネーミングもご自身によるものです。「デザインは社会的に機能していなければならない」という原則のもと、常に社会と企業と自分自身との関係を注視しながら、商品開発に積極的に参加されていました。その中のひとつ「特種東海製紙」では、顧問デザイナーとして多数のファンシーペーパーの開発に携わっています。コンセプト立案からネーミング、そしてプロモーションに至るまで、関わった仕事のあらゆる領域に前のめりに、積極的な姿勢で向き合っていました。

田中一光とファンシーペーパー 会場



★田中一光とファンシーペーパーの開発 年表
1971 レザック71
1975 レザック75
1980 レザック80つむぎ/もみがみ
1982 レザック82ろうけつ
1984 リバーシブル*/ウッド*
1985 ボス/リバーシブルブラック*
1987 TANT/カラベ(現ニューカラベ)
1988 みやぎぬ/江戸小染はな
1991 江戸小染うろこ/岩はだ
1992 レザック66増色/ルーセンスS/ルーセンスはな*/
      ルーセンスF*/ルーセンスR*/江戸小染かすみ/
      コルキー/トーメイあらじま/トーメイ新局紙/
      トーメイパミス
1993 木はだ*
1996 レザック96オリヒメ/Mr.B
1998 里紙/Mr.Bm
1999 マーメイド増色/TANT-e
2000 Mr.A(現Mr.A-F)/マザー*
2001 TANT-V/ミセスB(現ミセスB-F)/
      ルーセンスJr.はな*/ルーセンスJr.フラット*/
      ルーセンスJR.スモーク*/ルーセンスJr.R.
2002 ピケ*
                    (*印:現在廃品)

30年の間に開発された製品には、以上のものがあります。
「TANT」、「Mr.B」、「里紙」は、知名度も高くよく使用されている用紙ですが、中でも「TANT」は150色と色のバリエーションも豊富で、田中さんだからこその選定といえるでしょう。

会場には田中さんが開発された用紙と、使用例としてそれらが実際に使われた書籍や商品、ポスターなどが展示されていました。用紙の色味や質感と共に印刷効果や仕上がりを確認することができる貴重な機会で、加工された製品を観ると、完成形として生まれ変わったような新鮮さ、素材の持つ表情の豊かさを強く感じます。今では当たり前のように使われているファンシーペーパー高級印刷用紙も、デザインを制作する現場からの声が反映され、様々な過程を経て開発されたのだということが腑に落ちる、実りの多い展示内容でした。

日本の用紙は見た目の美しさはもちろん、質感や手触り、バリエーションなど、非常に優れていると常々思っていましたが、こういったきめ細やかな製品開発の背景を知り、改めてその奥行きの深さに感銘を受けました。もはや、製品開発に留まらず、文化そのものをアップデートしているような印象すら覚えます。例えば機能美を兼ね備えた用紙に効果的な印刷や加工を施すことによって、書籍や製品開発などの可能性も広がります。多彩な質感や色の展開は、背景に着物など日本特有の文化の影響が感じられ、日本の用紙は世界に誇れるものであることを再確認しました。

「iPad」を皮切りに「Nexus」、「Kindle」と様々なタブレットや電子書籍リーダーが近年、インターネット上では話題になっています。しかし実際にそれらが日本でどれだけの広がりを期待できるか、は未知数でしょう。無条件に楽観的になるほど見通しが良くもなく、悲観するほど売れないわけではない、といったところでしょうか。
仮に音楽ソフトがかつての「Vinyl」から「CD」、そして配信へと取って代わったように書籍の主流が電子書籍になったとします。そうなった時、世界に類を見ない、日本の見事な製紙技術が失われてしまうのではないか、という懸念を私は覚えずにはいられません。知識や知性と呼ばれるものの実像も、少なからず影響を受けると思われます。
しかし、紙でなければ実現できない表現方法を採用する場面もありますから、この先も紙の本がゼロになることはないでしょう。今回の展示会ではそんな懸念と可能性をない交ぜに感じさせられるような体験となりました。これもまた、用紙の持つ力に魅了された故のこと、でしょうね。

東京本社内にある「Pam東京」は、特種東海製紙の全製品を見ることができます。壁一面にファンシーペーパーのサンプルを収めた引き出しがあり、サンプルを自由に持ち帰れるようになっています。

※『田中一光とファンシーペーパー その色彩と質感へのまなざし』は、12月21日に終了しました。

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2012年12月12日水曜日

『デヴィッド・リンチ展~暴力と静寂に棲むカオス』 : 表現に強さを生むのは必然性

デヴィッド・リンチ展~暴力と静寂に棲むカオス
新作を準備中というデヴィッド・リンチ監督の写真・絵画展に行ってきましたが、意外な事に今回の展示は過去最大級だったそうです。また、10代後半の方が多く来場されていたのが意外でした。例えばパンクロックなどの音楽はいつの時代にも特定の年代に支持されるものですが、かつてはカルトヒーローだったリンチもそんなポジションに行きつつあるのかもしれません。

ところで、展示会のタイトルは『デヴィッド・リンチ展~暴力と静寂に棲むカオス』。らしいといえば、らしいですね。今回はキーワードになっている『暴力』『静寂』について、私なりに考えをまとめてみます。結論から書きますと、タイトル通りに『暴力』と『静寂』、対立するこの二点がリンチ作品のホネになっていると感じました。映画に最も大切なのは主人公と敵、善と悪といった『対立の概念』だそうです。しかし、リンチや映画に限らず、そもそも西洋社会の表現のモチーフのほとんどは『対立』だったりします。そこで今回は「デヴィッド・リンチの『暴力』と『静寂』という対立」に絞って、色々と考えてみました。

リンチの『暴力』について、私がまず思い浮かぶのは、最高傑作『マルホランド・ドライブ』のオープニング、クルマの衝突事故です。衝突事故は言うまでもなく一大事なのですが、その事故も素朴に演出してしまうと、「意外とこんなものか。思っていたほどの画じゃないね」という画面になりがちだと思うのです。しかし、リンチの演出は衝突事故のシーンで「過去にこれ以上、暴力的な事故シーンはなかった」と感じられる演出がされています。(なってしまう?)時間にして二秒もないですし、これは私だけの感じたインパクトかもしれません。しかしこの二秒こそがリンチの持つ表現のパワーをストレートに現している、他の誰にも真似できない一瞬ではないか、と私は思わずにはいられません。

リンチの『暴力』について、次に私が思い浮かべるのは60年代後期のロスを舞台にした犯罪小説です。ケネディ暗殺の真相だったり、ハリウッドのスキャンダルだったり、マフィアが暗躍する小説、作家で言うとジェームズ・エルロイ辺りでしょうか。日本に住む私たちには不条理な世界観に没入するようなリンチの映画は、あまり現実的には思えないかもしれません。しかし、リンチの地元、ロスの人にはとてもリアリティのある世界観だそうです。このリアリティの差異が、ジェームズ・エルロイなんかの小説を読んでいればロスという土地にあるのは間違いないと感じるのですが、それ以上に重要だと思われるのがリンチ特有の恐怖感、『一皮めくれば常に別の世界がある』です。

リンチは幼い頃、グリーンピースが食べられませんでした。「おそらく、外側は張りがあって固いのに、中から飛び出てくるものは違った質感だからだろう」と本人は想起していましたが、実は『一皮めくれば常に別の世界がある』というこの恐怖はリンチの全作品を支配しています。『ブルー・ヴェルヴェット』のオープニングでも美しい芝生の下に蠢く虫のカットを入れていますが、この『一皮めくれば常に別の世界がある』という感覚は、先程の犯罪小説の『面白さ』のキモになっているもので、今回の写真・絵画展はそれら『別の世界』の破片を集めてきたような印象でした。


デヴィッド・リンチから、この展覧会に寄せたメッセージ作品。

『暴力』に対して、『静寂』はサバイバルの手段です。例えば『ワイルド・アット・ハート』のローラ・ダーンの台詞「この世界はワイルドなことばかりで……」や『イレイザー・ヘッド』のラジエーターの中の世界を参考にするのが良いでしょう。また、リンチが着想を得る方法が『ビッグ・ボーイ(ファミレス)でたっぷりの砂糖を摂って妄想に耽る』というやり方であったり、禅を習得しているという事実から、彼が『静寂』をとても大切に思っている事がわかります。世間で思われている『暴力』的、『奇異』なイメージは、彼自身ではなく、彼の恐怖する対象なのでしょう。

今回の展覧会の会場では2012年、ロンドンのフリーズ・アート・フェアで開催されたメモリー・マラソン2012のために制作された『Memory Film』という四分程度のショートフィルムが上映されていました。空爆のイメージに眼を覆っているリンチのもとにゴッホの自画像がヴィジョンとして降りてきて、彼が眼を開くという内容です。このショート・ムービーを観ていると、「ネットを使って効率良く情報を得る」みたいなライフスタイルは一見賢く思えるだけじゃないか、と思いました。何か疑問があったら考える前に脊髄反射的にすぐググる、みたいな習慣は悪習かもしれませんし、ネット上での議論はおよそ生産性のあるものではないでしょう。「自分自身を頼りに経験や技術に聞いてみるのではなく、自分以外のなにかに判断を委ねる習慣」、つまり他者に依存しすぎると、限りなく自分自身というものが希薄になっていきます。そういった希薄さはコミュニケーションに支障を来し、デザインすらもありきたりのものにしてしまう気がします。乱暴に言ってしまえば、「誰が、何を作っても関係ない」もので世界が溢れ返って、本来なくてはならないものが見えなくなって、結果として誰も彼も無価値な世界になってしまうという事です。

リンチの描く衝突事故がいかに衝撃的な衝突に見えるか、その非凡さについて先述しました。しかし、彼は不必要に観客を驚かすつもりはないのでしょう。事実、インタビュアーに彼が写真の素材に選んだヌードについて、「題材としてはありきたりではないか」と聞かれた際、リンチは「…やりたいと思ったらやってみるのが一番だ。まわりがどんなふうに受け取るだろうかとか、驚かせてやろうとか、考え始めたら、すでに方向を誤っていると思う」と答えています。

それでは彼の表現の持つ強さ、決して自分自身が希薄になどなっていない彼の表現方法とはなんでしょうか?「世界とは『一皮むくと常に別の世界がある』、見た目通りではない不安な場所である事を受け入れ、その不安に対処するために誰にも頼らず、自分自身を頼りにする事をまずは心掛ける事。自分自身を頼りにする事とは、まずは自分に問いかけてみる事」そんな何かではないか、と私は思います。よく、成功している会社のユニークな一面なんかがTVで紹介されていますが、そういった会社の経営者の方は自然とリンチと同じ事を実践されているのでしょう。そこに至るまでは多くの不安に悩まされ、二度と味わいたくないような挫折や気が遠くなる程の試行錯誤を繰り返されているに相違ありません。その過程を経てユニークさを獲得したのであって、どこか成功している会社の、例えば有名なGoogleのオフィスのユニークなデザインだけを真似てもGoogleと同じ結果は出せないのではないか、と思います。だから、「日本から何故、AppleやGoogleが生まれないのか?」とかそういう記事を読んで日本はもうダメだ、とか思わない方が良いですね。AppleはAppleだからAppleなのであり、GoogleはGoogleだからGoogleで、他の誰もAppleにもGoogleにもビートルズにもメッシにもピカソにもなれないのです。

『暴力』(不安や恐怖など)には『静寂』で対峙する。『静寂』は自分自身の中にあるのだから、むやみやたらと検索したりしないでまずは自分の中に解決法を探す。そこから生まれた答えや表現だけが、現実に力を得る。なぜなら、そういった答えや表現にはそれらが生まれいずる必然があり、貴方自身に最適化されたものなのだから(これはデザインは問題解決のための手段である、とするデザイナーに偏ったものの見方かもしれません)。

※『デヴィッド・リンチ展』は、12月2日に終了しました。

前回のデヴィッド・リンチについての記事はこちら

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