2013年10月2日水曜日

安藤忠雄設計の『UCHISANGE SQUARE』:信用金庫の本質、これからの豊かさを形にするデザイン、ソーシャル・キャピタルについて。


安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』外観
『UCHISANGE SQUARE』外観

金融機関の店舗・施設のイメージは信用とセキュリティを強く打ち出したものが多く、頑(かたくな)な印象が一般的なものだと思います。資産の運用サービスが主な取り扱い商品となりますので、華美である事は信頼を損ないますし、かと言って一昔前にもてはやされた「緩さ」は、セキュリティなど諸処の面で適切には思えません。信頼感やセキュリティといった「重過ぎる優先事項」が重石となって、金融機関一般のデザインが無味乾燥になるのはある意味、必然と言えます。

そんな必然の中にあって、今年4月8日にオープンした、安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』(おかやま信用金庫・内山下支店)は、今までにない新たな店舗の形態を打ち出しました。

金融機関の持つ既存の無味乾燥なイメージから解き放たれたような、「銀行らしさ」を裏切る建築は、
「これまでの金融機関のようなセキュリティー重視の閉鎖的な建物ではなく、地域に開かれた、全く新しい店舗をつくってほしい」
という依頼のもとに設計されたもので、今まで「常識」と信じられてきた事をもう一度見つめ直す、勇気あるチャレンジです。

金融機関はお客様の大切な財産をお預かりしている場所ですから、本来であれば、用のない人にウロウロされるのはあまり歓迎すべき事態ではないと思います。私自身、そんな懸念があったので念の為、従業員の方に見学を申し出たのですが、迷惑がられるどころか、係の方が丁寧に案内してくださいました。

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』入口横のサイン
入口横のサイン。

■本質的なミッションを見つめ直す

「信用金庫は、セキュリティー重視の閉鎖的な建物ではなく、地域に開かれた店舗でなければならない」
というミッションを会社組織としてどれだけ重要視していて、そこで働く従業員の方々もその意味を共有されているか、これだけでもよくわかると思います。つまり、豊かな資金にモノをいわせて「著名建築家・安藤忠雄」に店舗設計を依頼したのではなく、「信用金庫は地域に開かれたものであるべき」という本質的なミッションを達成する為に「安藤忠雄」の力が必要だったという事なのです。

店舗内は蛍光灯のパキッとした光だけではなく、ヨーロッパの人が「禅を感じる」と評価する安藤忠雄さんらしい、自然光をスリットから取り入れた、落ち着きを感じられるような作りになっています。ここはお客様が投資や資産運用など、自分の生活や将来について相談する大切な場だからこそ、リラックス出来るように、という配慮が感じられます。

2Fにはセミナールームとして使用できるスペースもあり、定期的に説明会などのイベントも開催されていました。こういった人が集まる場を用意する事によって、店舗を訪れる機会も提供しているわけです。
(もちろん通常の銀行としての利用もありますから、1FにはATMや窓口も設置されています)

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』1Fギャラリー
ライン照明が使われている「1F ギャラリー」

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』店内

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』店内

今回の「おかやま信用金庫・内山下支店」の試みは、ただ新しく綺麗な店舗を造るだけでなく、店舗の在り方をアップデートしたものです。『UCHISANGE SQUARE』には、既存の概念やシステムを見直す事の重要性を強く印象づけられました。このような時代に、巨額を投じてこのような店舗をオープンさせる事に、企業としての決意と意気込みを感じました。

■ソーシャル・キャピタルという概念

ソーシャル・キャピタルという概念があります。
個人の所有する財産、「ヒューマン・キャピタル」に対して、社会的な財産、共同体の財産の事です。大雑把過ぎるなんていう言葉では足りないくらい大雑把に、この話題に絞って規定してしまえば、「多くの人がわいわいがやがやと交わるコミュニティは価値が高い」という事です。「豊かさ」について考察する時に今までのように「個人が所有するヒューマン・キャピタル」だけに注目するのではなく、「ソーシャル・キャピタル」の面からも考えてみる。それがこのような時代だからこそ必要な視点と言えるかもしれません。
そして、金融機関でそれが出来るのは大都市のメガバンクではなく、地域に根付いた信用金庫の特権かもしれません。「地域に根付いた地方の信用金庫」というと、なんとなく地味な感じを持たれるかもしれませんが、私は過去に金融機関の一店舗のオープンに100人を越える人々が見学に訪れた、という話を聞いた事がありません。マーケティングは、現在まで成功していると思いますし、「おかやま信用金庫」という企業が掲げ、安藤忠雄さんが共有したミッションの真摯さと、困難を克服した店舗の設計・デザインに、私は感嘆しました。問題や不安はもやもやとした曖昧な概念で、それら問題点や不安の解決に求められるのは、具体的な設計(デザイン)なのですね。

訪問した日は曇天で、うっすらと柔らかな光に包まれたような気配が絶妙でしたが、晴天の日であれば、自然光を取り入れた室内と緑溢れるテラスは、また違った表情を感じさせてくれると思います。外観周りの植物は植えられたばかりで、これから木々が育ち建物と調和してくると演出された「華美」ではなく、存在そのものが美しい『地域の財産』になるのだと私は想像します。
「豊かさとは何か」、「ブランディングについて」、「これから先、何を取捨選択して育んでいくべきなのか」と色々な事を考えさせられる、実り多い体験になりました。

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』2F ルーム1
吹き抜け越しにルネスホール(旧日銀岡山支店)が見える
「2F ルーム1」。ルネスホールも敷地の一部と考え、
その魅力も最大限引き込むように設計されている。

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』2F ルーム3
グレーを基調とした「2F ルーム3」
水平スリット窓から自然光が入る。

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』4Fラウンジ
スリット窓から自然光が入る「4F ラウンジ」

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』4Fラウンジ

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』屋上テラス
最上階の「屋上テラス」
2階から4階へは外の螺旋階段でつながっている。


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