2014年3月24日月曜日

ローリング・ストーンズのシンボルマークとツアーパンフレットデザイン:『ベロ・マーク』のバリエーションから読むトップランナーとしての意志


ローリング・ストーンズ『14 ON FIRE ジャパンツアー』
2月26日(水)、3月4日(火)、3月6日(木)の3日間、東京ドームで8年ぶり6回目となる「ザ・ローリング・ストーンズ」のジャパン・ツアーが行われました。


●エンターテインメント業界に於ける
 ローリング・ストーンズのツアーの位置づけ

ローリング・ストーンズのツアーは、エンターテインメントの世界では『特別なもの』と言っても過言ではありません。
イベント・興行の規模としては、W杯やオリンピックに匹敵する規模となっており、関わるスタッフも世界中から選りすぐられた超一流の人材です。
つまり、ストーンズのツアーは未だクリエイティブのトップを走る表現に触れる事の出来る希少な機会と言えます。
私は最終日3月6日の公演に行ってきましたが、開演前から会場周辺は異常な期待感に包まれており、「確かにこれは『特別』なイベントなのだ」という印象を強くしました。

以下、今回のツアーパンフレットを見て気づいた点等、シンボルマークのデザインと今までのパンフレットデザインの比較をメモしておきます。


●ローリング・ストーンズのベロ・マーク。
 そのデザインについて

ストーンズのパンフレットやグッズには、あの有名な「ベロ・マーク」を使用したものが多数あります。あのマークは当時学生だった「ジョン・パッシェ(John Pasche)」によるデザインで、1971年のアルバム『Sticky Fingers』がリリースされた時に作られました。
・「シンプルである」
・「テーマに合っている」
・「時代を超えて通用する」
・「目に留まりやすい」
・「記憶に残りやすい」
・「応用がきく」
等、シンボルマークにとって重要な要素が押さえられたものになっており、43年経った今でも使用され続けています。

ストーンズは息の長いバンドなので、アルバムやツアーのコンセプトに合わせて「ベロ・マーク」にも多数のバリエーションが見られます。それらバリエーションがアルバムやツアーのビジュアルに加え、様々なグッズやライブ中のヴィジュアル・エフェクトにも使用されるのですから、バリエーションは多岐に渡っています。
また、近年、そのブランド・エクイティ(ブランドが持つ様々な無形的な資産価値)が更に高まっているように思われます。実際、ストーンズの使用したプロモーション手法やデザインは数限りなく模倣されてきましたが、あの『ベロ・マーク』は数年前には一部の音楽好きにしか通用しないものでした。
しかし、ここ数年はストーンズファンでもなく、特別に音楽好きでもない多くのタレントが堂々とあの『ベロ・マーク』を取り入れているのを目にするようになりました。数年前には考えられない事ですが、少なくともイメージを大切にするタレントの方々が自らの価値を下げるようなものを身に着ける事は考えにくいと思います。


●ツアー、あるいはアルバムのコンセプトと
 ツアー・パンフレットのデザインについて

2014年『The Rolling Stones Announce 14 ON FIRE Tour』のパンフレットデザイン

今回の『14 ON FIRE Asia Pacific Tour』はタイトル通り、炎をイメージさせるカラーのグラデーションを使用したデザインです。「ベロ・マーク」は「14」という数字から飛び出した形になっていますが、近年では珍しくアレンジされていない、オリジナルの状態で使用されていました。
今回のツアーはバックミュージシャンやセットデザインも過去のものと比較すると最低限に抑えられ、全体的に演奏もシンプルなものになっていますが、今回の最もスタンダードな「ベロ・マーク」も、そのベクトルと一致しています。
150万人を越える観客を動員した史上最大のフリーコンサートや、様々なギミックを凝らした演出やセットデザインを行ってきたストーンズが判断した「今、やるべき事」は「シンプルに本質を観せる」という事だったのかもしれません。
パンフレットに使用されている写真も、ライヴの臨場感を伝えるような強く、汗の臭いを感じさせる写真が多い印象を受けました。良くも悪くも洗練は生命力を衰退させます。今回はパッと見としては趣味嗜好に凝った感じはしなかったのですが、それは洗練の逆を狙ったのかもしれません。洗練の逆にあるのはプリミティブであり、プリミティブの意味するところは生命力でしょう。
洗練に向けて突き進んでいく道程にあって大衆文化がポロポロと落としていくプリミティブなもの。
エコロジーを声高に叫ぶのではなく、利便性や豊かさを追いかけて迷走するのでもなく、プリミティブなものを見つめ直す。
今回のストーンズのアンテナの張り方に、なにかハッとさせられました。これは私にとって、大きな収穫の一つと言えます。


『THE ROLLING STONES A BIGGER BANG TOUR』パンフレットデザイン
2006年『THE ROLLING STONES A BIGGER BANG TOUR』のパンフレットデザイン

『A BIGGER BANG TOUR』はツアータイトル通り、マークが爆発しています。爆発していても「ベロ・マーク」が視認出来る状態のバランスが絶妙で、構成も見事だと思います。爆発して四散する表現も洗練されています。素朴に爆発を表現してしまえば、どうにも野暮ったいものになってしまったでしょう。こういった方法を自然に引き出せなくてはプロのデザイナーとは言えませんが、言う程簡単ではないのも現実です。71年のアンディ・ウォーホルを引き合いに出すまでもなく、ストーンズの起用するクリエイターはその時代その時代の超一流のクリエイターであり、簡単か試行錯誤の末かは不明ですが、結果としてこれを引き出せるという信頼があるからこそ、ストーンズに起用されるのです。この優れたイメージはライブ中のビジュアル・エフェクトにも使用されていました。


『THE ROLLING STONES LICKS WORLD TOUR』パンフレットデザイン
2003年『THE ROLLING STONES LICKS WORLD TOUR』のパンフレットデザイン

『LICKS WORLD TOUR』パンフレットの表紙では「ベロ・マーク」は使用されていませんが、真っ赤な唇や女性の下着がかなりのインパクトを持っています。「真っ赤な唇=ストーンズ」という狙いなのか、は定かではありませんが、このビジュアルを眼にした時にあの「ベロ・マーク」を連想されるであろう事は容易に想像ができます。このツアーの前に発売されたアルバム『FORTY LICKS』のジャケットでは、青・黄・赤のグラデーションの「ベロ・マーク」が使用されていて、ツアー用のものは、色とりどりのマークが3つ並んだ状態のものでした。
こういった彩りの華やかさ、とパンフレットの表紙はヒット曲を満載したベストアルバム『FORTY LICKS』に相応しいものであり、そのアルバムをフォローする『LICKS WORLD TOUR』であれば、今回のツアーのような「シンプルに本質を観せる」のはバラエティー感覚に乏しい印象を与えてしまったかもしれません。本来、パンフレットの表紙であれば最重要項目である「ベロ・マーク」を使わなかったのは英断と言えますが、そこに至るまでの決断のプロセスにはデザイナーとして、非常に想像力を掻立てられます。
例えて言うならそれは「iPhoneからリンゴのマークを外そう」という判断と同種の決断であり、「ここはベロ・マークを外そう」という判断は、ストーンズとその周辺のクリエイティブスタッフのセンスが凡百のものではない事の証と言えそうです。
盛る事よりも引き算こそがセンスですが、そのセンスとは「生まれ持ってのもの」というよりも多分に経験と
「普段からどれだけデザインについて考えているか?」という生活態度に育まれるものだと思います。


『THE ROLLING STONES STEEL WHEELS JAPAN TOUR』パンフレットデザイン
1990年『THE ROLLING STONES STEEL WHEELS JAPAN TOUR』のパンフレットデザイン

『THE STEEL WHEELS JAPAN TOUR』は、24年前に初来日した時のものです。「ベロ・マーク」は赤と青にギザギザで分割されたものが使用されていました。さすがに四半世紀程前ともなると、当時はカッコよく見えたアートワークもちょっと古く見えますね。演出やセットデザインも今回のツアーとは対象的に非常に凝っていて、こういった趣向がこの当時の「今、やるべき事」だったのでしょう。セットデザインやアルバムジャケットも全体的に金属的で、全体的にインダストリアルなイメージなのは勿論、『STEEL WHEELS』をフォローするツアーだったからですが、気になるのは『STEEL WHEELS』なのに表紙が飛行機(宇宙船?)のイラストが使用されている事です。ここにどういう決断があったのか、にも大いに関心を覚えます。


●業界のトップランナーで在り続けるという事

ストーンズの活動開始は60年頃からスタートしてから10年間、ロゴマークがありませんでした。
つまりアイコンを決定するというのは企業であれバンドであれ、それだけ重要な事と言えます。
実態も定かではないのにイメージ戦略ばかりに目を配るのではなく、ロゴマークはなくとも揺るぎなく実態はある、という仕事の仕方/在り方はとても素敵ですね。

かなり長い記事となりましたが、最後に最も大切な事を記します。
それは在り方について。
ローリング・ストーンズには名盤と呼ばれるアルバムが多くあります。
中でもあえて一枚、と聞かれたら「メイン・ストリートのならず者(EXILE ON MAIN ST.)」は有力な候補となるでしょう。
このやや古めかしいアルバムタイトルはショービズの世界のトップランナーで在り続けたストーンズの在り方を示しています。
それは、
「決して時代には押し流されない。世間なんか知らないよ、とばかりに趣味的に自分たちの世界だけで生きていくのでもない。あくまでメインストリートで自分らしくふるまうんだ」
という意志です。
日本にはサブ・カルチャーはあっても、カウンター・カルチャーはほとんど存在しないに等しい状態と言えます。あったとしてもメインストリートにその存在感は皆無と言っても良いでしょう。
サブ・カルチャーは趣味です。対してカウンター・カルチャーはプロテストであり、不満の表現です。
そんなカウンター・カルチャーがここまであまり存在感を示してこなかった事は、ある部分において日本がそれなりに良い国だったのだと思います。
私は「花鳥風月を唄うだけ」、「プロテストするだけ」、では不十分であり、ましてや「どちらがより優れている」とは言えないと考えています。
息を呑むような美しいイメージに悩みを忘れてしまう程、没入してしまう事もあれば、時にメインストリートのならず者に勇気づけられる事もあって、デザインを提案する際にもそういった切り替えを適切に行える柔軟さが必要なのではないか。
今回、この記事を書くにあたってパンフレットをめくり、ステージの上で躍動するローリング・ストーンズを思い出しては、そんな事を考えました。


★R's MEMO 最終公演 3月6日(木)のセットリスト
 01. Jumpin’ Jack Flash
 02. You Got Me Rocking
 03. It’s Only Rock ‘N’ Roll (But I Like It)
 04. Tumbling Dice
 05. Ruby Tuesday
 06. Doom And Gloom
 07. Respectable (Fan vote – with Tomoyasu Hotei)
 08. Honky Tonk Women
   - Band Introductions -
 09. Slipping Away (with Keith on lead vocals
            and Mick Taylor joining on guitar)
 10. Before They Make Me Run (with Keith on lead vocals)
 11. Midnight Rambler (with Mick Taylor)
 12. Miss You
 13. Paint It Black
 14. Gimme Shelter
 15. Start Me Up
 16. Sympathy For The Devil
 17. Brown Sugar
   - ENCORE -
 18. You Can’t Always Get What You Want
 19. (I Can’t Get No) Satisfaction (with Mick Taylor)


   R.I.P. L'Wren Scott


▶ The Rolling Stones Announce 14 ON FIRE Asia Pacific Tour 


グラフィックデザイン:DESIGN+SLIM





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